遺品整理から始まる、きわめて現代的な家族劇
ロンドンのライリック・ハマースミスで世界初演されたベン・オクレントの新作『Relics』は、母の死後に実家へ集まった4人きょうだいが遺品整理をするところから始まります。設定だけ聞けば、よくある現代の家族劇に見えるかもしれません。ところが彼らの前に現れるのは、単なる形見ではありません。祖父が第二次世界大戦中にユダヤ人家庭から略奪した可能性がある絵画であり、しかもカミーユ・ピサロ作かもしれない高価な一枚です。
ここで作品の重心は一気に変わります。遺産相続の話だったはずが、「これは誰の財産なのか」「いま生きる家族は、過去の加害にどう向き合うべきなのか」という倫理劇へ接続されるのです。ライリック・ハマースミスの公式紹介は、本作を「受け継ぐレガシー、下す選択、成長の痛み」をめぐるダークコメディと説明しています。実際、ガーディアンの劇評でも、きょうだいげんかが次第に滑稽さと暴力性を帯びていく娯楽性が強調されていました。しかし、この作品を本当に面白くしているのは、笑える家族劇の器のなかに、返還と責任の問題を正面から入れていることです。
発想の核にある「相続品が急に金に見える瞬間」
LouReviews のインタビューで、オクレントは本作の出発点を率直に語っています。遠縁の親族から大きな絵を譲られるかもしれないと聞いたとき、自宅に飾りたいほど好きではないのに「価値があるかもしれない」と考えてしまった。その欲がまずあったというのです。
さらに彼は、古い英国の家から名画が見つかったニュースと、ナチスに略奪された絵画が子孫へ返還されるニュースを知り、この二つが結びついて『Relics』になったと説明しています。つまり本作は、壮大な歴史教育劇ではなく、「いらない遺品が高く売れると分かった瞬間、人はどう変わるか」という身近な欲望から始まっています。だからこそ本作は説教臭くならず、まず人間の反応を見せたうえで、「その利益は本当にあなたたちのものなのか」と問い返します。
略奪美術の返還は“過去の話”ではない
『Relics』の切実さは、略奪美術の返還がいまも現在進行形だという現実に支えられています。GOV.UK が2025年に発表した事例では、ベルギーのユダヤ人収集家サミュエル・ハルトフェルトの遺族が、ナチスに奪われた絵画を80年以上ぶりに取り戻すことになりました。作品は戦後も市場を流通し、公的コレクションに入り、長く来歴が見えにくくなっていました。
つまり返還とは、モノの移動だけではありません。誰が失い、誰が利益を得てきたのかを現在の制度が言い直す行為です。『Relics』が巧みなのは、この重い問題を法廷ではなくリビングルームに持ち込むことです。美術館の話なら「返すべきだ」と言いやすくても、それが祖父母の家の壁に掛かっていた一枚なら、思い出や家族神話が絡んで判断は急に難しくなります。
きょうだいげんかとして描くからこそ痛い
ガーディアンの劇評は、本作の魅力を「集まったきょうだいが幼いころの役割へ逆戻りしていく滑稽さ」に見ていました。長女は仕切り役、放浪していた息子は問題を持ち込む人、下のきょうだいは板挟みになる人。家族は大人同士の集まりに見えて、実際には昔の配役が再演される場でもあります。
ライリック・ハマースミスの紹介文でも、オリヴィア、ロブ、ミシェル、ジョニーの役割はかなり明快です。問題の絵は、そうした家族内の役割と本音を暴き出す試験紙として働きます。返すべきだと言う人にも、売りたいと言う人にも、それぞれ別の傷や利害がにじむ。Plays International は人物造形の薄さを指摘しつつも、この構図の面白さを認めていました。笑いを含むダークコメディだからこそ、登場人物は倫理の代弁者ではなく、欲や見栄を持った人間として立ち上がります。
関連作品に見る『Relics』の系譜
この作品をより立体的に読むなら、少なくとも三つの系譜を押さえておきたいです。
第一は、ブランデン・ジェイコブス=ジェンキンズの『Appropriate』です。父の遺品整理から、人種差別の歴史を背負った写真や遺物が出てくるこの戯曲は、遺品整理がそのまま歴史の発掘になるという点で『Relics』とよく響き合います。
第二は、マリウス・フォン・マイエンブルクの『Nachtland』です。Plays International も比較対象に挙げていましたが、戦時中の収奪品が現代の家庭に持ち込む倫理的混乱を扱う点で、本作にかなり近い感触があります。ヨーロッパ演劇では、ファシズムやホロコーストは記念碑的な大テーマとしてだけでなく、「普通の家の持ち物」に沈殿した問題として再訪されていることがよく分かります。
第三は、アーサー・ミラーの家族劇です。たとえば『みんな我が子』では戦時下の利益が家族の中心を腐食させ、『代償』では遺産が兄弟関係を再燃させます。『Relics』は語り口こそもっと軽妙ですが、「家族の私的な選択が社会的責任から逃れられない」という主題では、確かにミラーの系譜上にも置けます。
戯曲図書館の読者にとっては、この系譜が見えるだけで『Relics』は単なるロンドンの新作ニュースではなくなります。家族劇、倫理劇、歴史劇が交差する現在形の一例として読む価値が出てくるからです。
日本の創作現場にも刺さる理由
『Relics』が示しているのは、歴史問題を“説明”するのではなく、“家の中から出てくるもの”として扱う強さです。戦争や差別や地域の記憶は、大きな社会劇としても書けますが、額縁や遺品のレベルにまで縮小したとき、むしろ切実さが増します。
しかも本作で相続されるのは美術品だけではありません。家族内の沈黙の作法や、都合よく美化された先祖像も受け継がれます。この発想は、日本の家族劇にも十分応用できるはずです。
まとめ
『Relics』は、一枚の絵画をめぐる会話劇でありながら、「相続とは何を受け継ぐことなのか」を鋭く問い直す新作です。受け継ぐのは資産なのか、来歴なのか、罪責なのか。それとも、そうした不都合な履歴を見ないふりをしてきた家族の習慣そのものなのか。ベン・オクレントは、その問いを法廷でも美術館でもなく、きょうだいげんかの場に置きました。
だからこそ本作は痛いのだと思います。正解を言うのは簡単でも、家の壁に掛かっていたものが他者の喪失に由来していると知ったとき、自分は本当に同じように振る舞えるのか。『Relics』は、その迷いを笑いと口論のなかで露出させます。家族劇の器を借りて、歴史の残滓がいまも生活の内部にあることを示した点で、この作品はかなり現代的です。戯曲として広く読まれるようになれば、いまの演劇がどこまで「家庭の中の歴史」を書けるのかを考えるうえで、よい参照点になるはずです。
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戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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