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三浦基『マクベス』モルドバ版×地点版——国境を超える演出家が仕掛ける、ふたつの『マクベス』が照らし出すもの

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#三浦基#地点#マクベス#シェイクスピア#現代演劇#海外戯曲#国際共同製作
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ひとつの戯曲、ふたつの身体——異例の企画

2026年12月、神奈川・KAAT神奈川芸術劇場と京都・アンダースローで、ちょっと信じがたい企画が実現します。シェイクスピアの『マクベス』を、三浦基が同じ年に二度演出した——ひとつは今年1月にモルドバ共和国キシナウのモルドバ国立サチリクス劇場から委嘱されて演出したモルドバ版、もうひとつは昨年5月に劇団・地点が上演した地点版の再演。これらを「回替わり」で、同じ会場で続けて観られるという二度と来ないかもしれない機会なのです。

しかもKAATでの東京圏公演と、地点のホームグラウンドである京都アンダースローでの京都公演、両会場での二都市上演。モルドバの俳優13人が来日し、地点の俳優12人と「同じ戯曲」「同じ演出家」のもとで並び立ちます。

これは単なる同作併演ではありません。「ひとつの戯曲」「ひとりの演出家」というふたつの定点のもとで、言語も文化も背負うものも異なる俳優たちが、どれほど異なる作品を立ち上げてしまうのか——あるいは、どれほど驚くほど似通ってしまうのか——を観客に提示する、極めて実験的な演劇論の提示です。この記事では、この公演の意味を、三浦基と地点の歩み、彼らの演出方法論、そして関連戯曲という三つの角度から掘り下げてみます。


三浦基と地点——25年の軌跡

青年団からの出発

演出家・三浦基は1973年生まれ。桐朋学園大学演劇科で木村光一、蜷川幸雄、篠崎光正に学び、1996年に青年団に入団します。平田オリザの演出助手を務め、こまばアゴラ劇場の常勤スタッフとして現場を仕込まれていった若手演出家でした。

転機は2004年、文化庁芸術家在外派遣研修員としてパリに滞在した経験です。帰国後の2005年、拠点を東京から京都に移し、劇団・地点を再構築。「地点(ちてん)」という名前は、英語の「locus」や「point」に相当し、「ある一点」に意識を集めるという地点独自の方法論を象徴しています。

「アンダースロー」という実験場

地点の歩みを語るうえで欠かせないのが、京都・銀閣寺近くに2013年にオープンした自主アトリエ「アンダースロー」の存在です。客席わずか30〜40席ほどの地下空間。この小さな劇場を自分たちで運営することで、地点はほかの劇団にはない「稽古と上演の継続」を実現しました。

一般的な小劇場は「数日間の本番のために数ヶ月稽古する」というサイクルを繰り返しますが、地点はアンダースローで同じ作品を長期にわたりロングランしながら、作品を更新し続けます。だから地点の『かもめ』や『ワーニャ伯父さん』は、観るたびに違う作品に出会えると言われるのです。

チェーホフ四大戯曲連続上演

地点の名を確たるものにしたのは、2007年から始まったチェーホフ四大戯曲(『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』)の連続上演シリーズです。

とりわけ『桜の園』の美術は語り草になりました。床面に一円玉を敷き詰めるという大胆な美術プラン。京都中の銀行を回って一円玉を両替してまわったというエピソードは、地点という劇団の執念と、戯曲を言葉だけでなく空間ごと再解釈する姿勢を象徴しています。「新興成金と没落貴族」というチェーホフが書いた経済の寓話を、金属の冷たい感触で観客に突きつける——これが地点の演出なのです。


三浦基の方法論——「テキストの解体と再構成」

なぜセリフが「変」に聞こえるのか

地点の舞台を初めて観た人は、たいてい戸惑います。俳優たちは、普通に話さないのです。音節を異常に伸ばしたり、途中で急に区切ったり、同じ単語を何度も反復したり、まるで歌うようにメロディをつけて発語したり。慣れないうちは「何を言っているのか聞き取れない」とさえ感じられるかもしれません。

これは三浦基の演出論の核心に位置する「発語の方法」です。言葉を「意味の運搬手段」としてではなく、「音と身体の運動」として扱う。つまり観客は、意味を即座に飲み込むのではなく、音のかたちや俳優の身体の動きを通して、戯曲の構造そのものを体感させられるのです。

三浦自身は「ヨーロッパやロシアの古典作品をどうやったら現代の観客にも刺激的に見せられるかを考え、コーヒーを抽出するようにエッセンスを引き出す」と語っています(京都文化力プロジェクト「演劇と創造」2016–2020のインタビューより)。

「集団性」というキーワード

三浦の演出論を支えるもうひとつの柱は「集団性」です。CINRAでの佐々木敦との対談で、三浦はこう述べています——「演出家らしき人が興味を持ったことを役者たちに押しつけて、一対一で責任を取ろうとしてしまうとダメ。それでは集団性が生まれてこない」。

地点が長期にわたって同じ俳優たちと稽古を続けるのは、この「集団性」を醸成する時間が必要だからなのです。安部聡子、石田大、小林洋平といった地点のコアメンバーの名前は、観劇ファンにはおなじみでしょう。彼らは三浦の演出の「素材」ではなく、方法論を共同で練り上げる仲間として存在します。

空間現代——音楽という第四の俳優

もうひとつ忘れてはならないのが、京都のロックバンド「空間現代」との恊働です。2013年の『ファッツァー』(ブレヒトの未完戯曲の断章を地点が再構成した音楽劇)で初めて組んで以来、空間現代の変拍子の間欠的な演奏と、地点の俳優たちの独特の発語が衝突する音楽劇は、国内外のフェスティバルから高い評価を受けてきました。

今回の『マクベス』でも音楽は空間現代が担当。シェイクスピアの韻律と、空間現代のポリリズムが、どのように絡み合うのか——これも大きな聴きどころになります。


モルドバ国立サチリクス劇場からの委嘱——なぜ、キシナウで?

国境を超える演出家

今回の企画で最も興味深いのは、モルドバ版が「委嘱」であるという点です。モルドバ共和国キシナウにあるサチリクス劇場(Satiricus I.L. Caragiale State Theatre)は、ルーマニア語圏における風刺・喜劇の伝統を背負う劇場。そこが日本の演出家・三浦基に『マクベス』を託したという事実そのものが、地点の国際的評価の高さを物語ります。

地点はこれまでも、アヴィニョン演劇祭、クンステン・フェスティバル・デザール(ベルギー)、フェスティバル/トーキョーなど、国内外のフェスティバルに招聘されてきました。独特の発語スタイルは、言語を超えて伝わる「音の演劇」として、むしろ日本語の意味に縛られない海外の観客にこそ強い衝撃を与えてきたという経緯があります。

ポスト・ソヴィエトの『マクベス』

モルドバという国の文脈も見逃せません。1991年のソヴィエト連邦崩壊以降、モルドバは独立国として歩んできましたが、現在もロシアとの関係、西側諸国との関係、ウクライナ戦争の影響など、きわめて複雑な政治的状況の中にあります。

そんな土地で演じられる『マクベス』——予言に動かされ、権力を簒奪し、やがて滅びる将軍の物語——は、日本で演じられる『マクベス』とまったく同じ響きで聞こえるでしょうか。「血で血を洗う」という台詞、「意味もなく騒がしい話」というマクベスの独白、「来るものは来るのだ」という宿命感。おそらく、モルドバの俳優たちの身体を通ったとき、それらの言葉はまったく別の重みを帯びるはずです。

翻訳:河合祥一郎

両バージョンの翻訳は、河合祥一郎が担当しています。河合は東京大学名誉教授で、シェイクスピア研究の第一人者。原文のリズムを日本語に蘇らせる「韻律翻訳」で知られる訳者です。彼の翻訳をベースに、モルドバ版はルーマニア語に重訳されたのか、それとも別の翻訳が用いられたのか——プログラムで必ず確認したい点のひとつです。


「演技・演出のアプローチを変える」地点版——同じ戯曲を更新し続ける営み

ステージナタリーの告知には、興味深い一文があります。「地点版の『マクベス』では、初演から演技・演出のアプローチを変えたものが披露される」。

これは地点にとっては別段珍しいことではありません。先述のとおり、地点はアンダースローで作品を長期的に更新し続けてきました。『ワーニャ伯父さん』は2007年の初演から、2018年の再演ではチェーホフのサハリン旅行記『シベリヤの旅』をコラージュして、まったく新しい作品として提示されました。『かもめ』も、再演のたびに台詞の切り方や俳優の配置が変わります。

「初演と同じものを観られる」ことは、地点では保証されていません。むしろ「同じ戯曲を題材に、同じ俳優たちが、どれほど違う地点に到達できるのか」を観客は見届けることになります。これはアーカイヴされる映像とは根本的に違う、ライヴ・パフォーマンスにしか可能ではない演劇の時間です。

今回の『マクベス』地点版も、昨年5月のアンダースロー初演とは別物として立ち上げられるはず。しかも、同じ会場でモルドバ版とすぐ横に置かれるという緊張感のなかで。地点の俳優たちが、どんな答えを出すのか——これが今回の企画の最も鋭いポイントかもしれません。


関連して読みたい戯曲——「もうひとつの『マクベス』」

せっかく『マクベス』を観るなら、原作のテキストをじっくり読んでおきたいところ。関連して、以下の作品もおすすめです。

『マクベス』(ウィリアム・シェイクスピア)

全5幕、シェイクスピア四大悲劇のひとつ。原作そのものです。河合祥一郎訳(角川文庫)は、原文の弱強五歩格(アイアンビック・ペンタメーター)を日本語に移そうとする試みで、音読するとその跳ねるリズムに驚かされます。「明日が、また明日が、また明日が、小刻みにのろのろと時を進める」——このマクベスの独白を、口に出してみてください。言葉がリズムを持つという、戯曲ならではの快楽を味わえます。

『ワーニャ伯父さん』『かもめ』(アントン・チェーホフ)

地点の代表作です。『マクベス』で三浦基の演出に出会ったなら、同じ演出家がチェーホフをどう料理したかにも必ず触れるべきでしょう。中年男ワーニャの鬱憤、未婚の姪ソーニャの祈り、田舎屋敷の退屈な時間——地点はこれらを「音と身体」として提示することで、チェーホフを21世紀の演劇に蘇らせました。

『ファッツァー』(ベルトルト・ブレヒト/三浦基 再構成)

ブレヒトが生前完成させなかった未完の戯曲断章を、三浦基が再構成した音楽劇。空間現代との最初の協働作品で、地点の「テキストの解体と再構成」という方法論が最も先鋭化した一作。『マクベス』を観る前後に、戯曲の断章というものがどう扱われうるのかを考えておくと、三浦の演出への理解が深まります。

日本の実験演劇の系譜

今回の演出とは直接関係ありませんが、「言葉を音として扱う」「戯曲を身体で解体する」という日本の演劇の系譜を遡ると、唐十郎の状況劇場や、鈴木忠志のSCOT、太田省吾の転形劇場など、戦後日本の実験演劇の先駆者たちに辿り着きます。地点はその正統な後継者とも言えます。


観劇の実践的ガイド

会場の選び方

  • KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ(12月3日〜6日):首都圏からアクセス良好。大スタジオは可動性の高いブラックボックス空間で、両バージョンを同じ条件で見比べるには最適
  • 京都・アンダースロー(12月8日〜10日):地点のホームグラウンド。地点版は本来の生息地で観るべき、という選択肢。モルドバ版がこの小空間でどう鳴り響くかも興味深い

もし日程と予算が許すなら、両会場で両バージョンを観ることで、「同じ作品が、場所によってどう違って立ち上がるか」まで体感できます。これが地点の作品に対する最もぜいたくな向き合い方かもしれません。

予習と復習

  • 事前に河合祥一郎訳『マクベス』を一度通読しておく(1〜2時間で読めます)
  • 可能なら地点の過去作品の映像(EPADなどで配信あり)を1本観ておく
  • 観劇後、両バージョンを比較するノートを取る——同じ台詞がどう違う音になったか、同じ場面がどう違う意味を立ち上げたか

U-22チケット

地点版にはU-22チケット(22歳以下向け割引)があります。若い世代が地点のような実験的な演劇に出会う機会を広げる、劇団の意志的な設定。もし周囲に演劇に興味を持ちはじめた若者がいるなら、ぜひ声をかけてみてください。


まとめ——「地点」が差し出す演劇という問い

ひとつの戯曲を、同じ演出家が、同じ年に、ふたつの劇場で、二度演出し、それを並べて上演する——この企画は、単なる話題作りではありません。「演劇とは何か」「演出家とは何か」「俳優とは何か」という根源的な問いを、きわめて具体的な形で観客に差し出す試みなのです。

地点が京都・銀閣寺の小さな地下劇場で20年近くやってきたことは、「同じ戯曲を違うやり方で立ち上げ直す」営みの反復でした。今回の『マクベス』二版併演は、そのロングランの経験を、国境を超えてスケールアップした企画と言えます。モルドバの俳優たちの身体と、地点の俳優たちの身体が、同じ戯曲の前で、どんな別のかたちをとるのか。

12月のKAATとアンダースロー——演劇好きなら、見逃す選択肢はありません。


関連記事

出典

  • ステージナタリー「三浦基演出「マクベス」、モルドバ版と地点版の2バージョンを回替わり上演」(2026年10月7日)
  • 地点公式サイト chiten.org
  • Performing Arts Network Japan「アーティスト・インタビュー:三浦基」
  • CINRA「なぜ劇団・地点がスゴイといわれるのか? 三浦基×佐々木敦対談」
  • 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール アーティスト紹介ページ
  • 京都文化力プロジェクト2016-2020「演劇と創造」三浦基インタビュー

Written by

戯曲図書館 編集部

演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。

公開日: 2026-10-08

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