升味加耀プロフィール|不条理とケアの断絶を見つめる劇作家・演出家
升味加耀さんは、フェミニズム、ジェンダー、セクシュアリティ、そして社会のなかで見えにくくされがちな暴力や断絶を、鋭く、それでいて単純な正義感には回収しないかたちで描いてきた劇作家・演出家です。極端で非現実的な設定を選びながら、そこで交わされる会話はどこか乾いていて、親密さと残酷さが同時に立ち上がります。観客に「わかったつもり」で終わらせず、むしろ関係のほころびや、自分の加害性、ケアの失敗まで考えさせる書き手です。
2016年にベルリンで演劇ユニット「果てとチーク」を旗揚げして以降、升味さんは全ユニット作品の劇作・演出を担当してきました。2019年の『害悪』が令和元年度北海道戯曲賞最終候補、2023年の『はやくぜんぶおわってしまえ』が第29回劇作家協会新人戯曲賞最終候補、2024年の『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』が第68回岸田國士戯曲賞最終候補に選ばれるなど、現代演劇の新しい書き手として着実に評価を高めています。
本記事では、升味加耀さんの経歴、作風、受賞歴、代表作、近年の活動を整理します。
基本プロフィール
- 名前:升味加耀(ますみ かよ)
- 肩書:劇作家、演出家
- 主な活動拠点:東京都
- 主な活動母体:果てとチーク
- 特徴:神話や都市伝説を思わせる極端な設定と、ポップでドライな会話を用いて、差別や断絶、ケアの困難さを描くこと
経歴
升味さんはノンバイナリーの劇作家・演出家です。公式プロフィールによれば、2016年に留学先のベルリンで果てとチークを旗揚げし、以後はユニットの全作品で劇作と演出を担ってきました。海外滞在中に立ち上げたユニットを基点にしつつ、日本の演劇シーンで継続的に作品を発表してきた点は、升味さんの視野の広さを物語っています。
初期から一貫して、升味さんの関心は個人の感情だけでなく、その感情を形づくる社会構造へ向いています。日本劇作家協会の関連インタビューでは、大学時代にフェミニズムを学んだことや、性別によって期待される振る舞いの違いに強い違和感を抱いたことが創作の土台にあると語られています。つまり、升味さんの戯曲は単なる問題提起ではなく、自身の身体感覚や生活実感に根ざしているのです。
また、キャリアの歩みを見ると、作品ごとにテーマを更新しながらも、関心の芯はぶれていません。2019年の『害悪』で北海道戯曲賞最終候補となり、2020年には渋谷PARCOのカルチャーフェスティバルP.O.N.D.に招聘、2022年には東京芸術祭ファーム Asian Performing Arts Campに参加しました。さらに公益財団法人セゾン文化財団フェローとして活動していることからも、単発の話題性ではなく、継続的な創作のポテンシャルが評価されていることがわかります。
作風の特徴
極端な設定で現実のひずみを照らす方法
升味さんの作品には、第三次世界大戦、アンドロイド、噂や偏見が肥大化した共同体など、現実から少しずれた舞台設定がよく登場します。ただし、その奇抜さは装飾ではありません。現実を少し歪めることで、普段は見過ごされる差別、抑圧、加害、沈黙を見えやすくしています。
たとえば『害悪』では、近未来の戦争と家族の物語を重ねることで、国家レベルの暴力と親密圏の暴力が地続きであることを浮かび上がらせます。社会問題を説明的に語るのではなく、状況設定そのものに暴力の構造を埋め込むのが、升味さんの巧さです。
ポップで乾いた会話のなかにある痛み
升味さんの作品は、テーマの重さに比べて台詞の手触りが軽やかです。会話にはユーモアがあり、人物同士のやりとりもテンポよく進みます。しかし、その軽さは救いであると同時に、言い逃れや鈍感さの表れでもあります。笑っていたはずの場面が、気づくと誰かを追い詰める構図に変わっていることも少なくありません。
『あの子にあたらしいあさなんて二度とこなきゃいいのに』のように、若い登場人物たちの関係性を扱う作品でも、その特徴ははっきりしています。親しさの内部にある排除、何気ないやりとりに潜む残酷さ、そして誰も完全には無垢でいられないことを、升味さんは乾いた会話の積み重ねで見せていきます。
分断を告発するだけで終わらない姿勢
升味さんの作品を語るうえで重要なのは、単純な二項対立に寄りかからないことです。STスポットのインタビューでは、フェミニズムを学ぶなかで、敵と味方を固定するのではなく、背後にある社会構造を見つめ、「協働しませんか」というメッセージを出したいと考えるようになったと述べています。この姿勢は作品にも表れており、誰かを悪役として切り捨てるより、なぜその人がそう振る舞ってしまうのか、その土壌まで描こうとします。
第68回岸田國士戯曲賞の最終候補となった『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』も、まさにその延長線上にある作品として読めます。升味さんは、差別や暴力を「遠い悪」として処理せず、日常の側に引き寄せて観客へ返してくる書き手です。
受賞歴・評価
升味さんは現時点で大賞受賞歴よりも、重要な戯曲賞の最終候補選出によって存在感を強めてきた劇作家です。2019年には『害悪』が令和元年度北海道戯曲賞最終候補、2023年には『はやくぜんぶおわってしまえ』が第29回劇作家協会新人戯曲賞最終候補、2024年には『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』が第68回岸田國士戯曲賞最終候補となりました。
この並びから見えてくるのは、升味さんが一発の話題作で注目されたのではなく、作品ごとに評価の階段を上ってきたということです。とくに岸田國士戯曲賞最終候補入りは、現代演劇における新しい言語感覚と主題意識の両方が高く評価されている証拠だといえます。ジャンル的な新しさだけでなく、現代の観客に何をどう届けるかという姿勢そのものが注目されている劇作家です。
戯曲図書館に掲載されている代表作
まず読むなら『害悪』がおすすめです。升味さんの問題意識と作劇上の特徴がもっともわかりやすく表れており、戦争、家族、ジェンダー、暴力がどのように一本の線でつながっているかを体感できます。
次に『あの子にあたらしいあさなんて二度とこなきゃいいのに』を読むと、より親密な人間関係のなかで生まれる排除や孤立が見えてきます。さらに『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』まで追うと、升味さんが社会的テーマを正面から掲げながらも、説教ではなく演劇として成立させる力を持っていることがよくわかります。
近年の活動情報
近年の升味さんは、創作の内容だけでなく、公演の開き方そのものにも強い意識を向けています。2025年末から2026年1月にかけて上演された果てとチーク第9回本公演『だくだくと、』では、排外主義や集団の熱狂を射程に入れた新作を発表しました。STスポットのインタビューでは、ジェンダーやフェミニズムの問題に加えて、より広い社会構造や排除のメカニズムへ関心を広げていることが語られています。
さらに2026年6月から7月にかけては、『きみはともだち』を東京・小劇場B1と三重県文化会館で再演しました。公式ページによれば、この公演では字幕タブレット、点字版プログラム、音声データ版プログラム、台本データの事前送付、手話通訳付きアフタートークなど、アクセシビリティ面の整備にも力が入れられています。作品の主題として多様性や関係性の難しさを扱うだけでなく、観客の受け取り方そのものを広げる実践まで含めて活動している点は、升味さんの現在地をよく示しています。
まとめ
升味加耀さんは、差別や断絶をテーマにしながら、それを単なる告発にとどめず、関係の修復可能性や対話の困難さまで引き受けて描く劇作家・演出家です。非現実的な設定、ポップで乾いた会話、そして構造への鋭い視線が組み合わさることで、作品は観客の外側ではなく内側に食い込んできます。
戯曲図書館で升味加耀さんを知るなら、まずは『害悪』から入り、『あの子にあたらしいあさなんて二度とこなきゃいいのに』、『くらいところからくるばけものはあかるくてみえない』へ進むのがおすすめです。現代日本演劇のなかで、いま何が問い直されているのかを知る入口として、とても重要な劇作家です。
参考情報
- 果てとチーク「升味加耀」: https://hatetocheek.com/%E5%8D%87%E5%91%B3%E5%8A%A0%E8%80%80/
- 日本劇作家協会 戯曲デジタルアーカイブ「升味加耀」: https://playtextdigitalarchive.com/author/detail/7
- 日本劇作家協会 Playwright's Salon「【連載】私の執筆スタイル『あらゆる迷路をさまよいながら』升味加耀」: https://note.com/jpa_pr/n/nda8eacb84317
- STスポット「『対立ではなく、協働するために』フェミニズムを通じて升味加耀が描く希望」: https://stspot.jp/mag/202511-02/
- 果てとチーク『きみはともだち』(再演)公式ページ: https://hatetocheek.com/kimitomo2026/
この記事で紹介した戯曲
Written by
戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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