原稿は燃えない|新国立劇場『巨匠とマルガリータ』が蘇らせるブルガーコフの祈り
2026年11月7日、新国立劇場 中劇場で、ミハイル・ブルガーコフの長編小説『巨匠とマルガリータ』が開幕します。9月に新国立劇場 演劇芸術監督に就任した上村聡史さんの、就任後第一作にして、上村体制が掲げる「物語の更新(アップデート)」というコンセプトの一本目に選ばれた作品です。
タイトルは知っていても、「読み通したことがある」「舞台で観たことがある」という人は、日本では決して多くないかもしれません。それもそのはずで、この小説は作者の死後26年経ってようやく出版され、完全版が世に出たのは1973年。日本語の全訳が整うまでにさらに時間がかかり、舞台化もまた、世界各国で「上演困難な傑作」として扱われてきた作品です。
本稿では、ニュースとしての「開幕」だけでは見えてこないこの作品の背景——ブルガーコフの生涯、小説が辿った数奇な出版史、そして世界各地で試みられてきた舞台化の系譜——を辿りながら、なぜ今、新国立劇場がシーズン開幕作としてこの作品を選んだのかを読み解いていきます。
シーズン開幕作としての位置づけ
上村聡史さんは2026年9月、新国立劇場の演劇芸術監督に就任しました。2026年2月のシーズンラインアップ説明会で、「在任中の大きな指針として、時代の変化と共に演劇の進化、つまり『物語の更新(アップデート)』をしていくことを目標に掲げていきたい」と語っています。発表された7演目のうちオープニングを飾るのが、本作『巨匠とマルガリータ』です。
上村さんにとってブルガーコフ作品の演出は2度目になります。1度目は2024年の『白衛軍 The White Guard』。こちらは第32回読売演劇大賞優秀作品賞を受賞しました。『白衛軍』はウクライナ出身のブルガーコフが、自身の軍医従軍体験をもとに1924年に発表した自伝的長編小説で、1926年にブルガーコフ自身が『トゥルビン家の日々』として戯曲化し、モスクワ芸術座で上演された経緯があります。上村さんはこの作品で、ロシア革命期の内戦を「3時間10分の集中力を途切れさせない」緩急の演出で描き、各種演劇賞で高く評価されました。
その上村さんが、同じ作家の最後の長編にして最大の問題作に挑むのが、今回の企画です。
キャストには、巨匠役に成河さん、マルガリータ役に花乃まりあさん、悪魔ヴォランド役に篠井英介さん、ピラト役に大鷹明良さん、イワン役に松島庄汰さん、ファゴット役に菅原永二さんが並びます。10月5日に行われた制作発表会見で上村さんは「かなり高いテンションで演出していますが、皆さんがそのテンションを上回る表現で稽古に挑んでくれている。圧力鍋で料理をしている感じ」と、現場の密度を語っています。
作家ブルガーコフと「書けなかった小説」
『巨匠とマルガリータ』を理解する鍵は、作者ミハイル・ブルガーコフ(1891-1940)の生涯そのものにあります。
ブルガーコフはキエフ(現在のウクライナ・キーウ)の神学大学教授の家に生まれ、キエフ大学医学部で学びました。第一次世界大戦で軍医を務め、十月革命後の内戦では白軍の軍医として北コーカサスに送られています。1920年、彼は医者という安定した職を捨てて作家に転身しました。
1920年代初頭、短編小説で注目を集め、戯曲も手がけるようになると、ブルガーコフはソ連で最も注目される作家の一人となります。しかしそのキャリアには、常にソ連体制との緊張が影を落としていました。中編『運命の卵』(1924年)、『犬の心臓』(1925年)は、どちらも「新しい人間を創造する」という共産主義の理想を痛烈に風刺する寓話でした。『犬の心臓』は検閲により発禁となり、原稿は家宅捜索で没収され、ソ連で公に読めるようになったのはペレストロイカ以降、1980年代後半のことです。
1920年代末には、ブルガーコフの作品はすべて発禁、劇場からの契約も打ち切られます。1930年、追い詰められたブルガーコフはソヴィエト政府に手紙を書き、外国への移住許可を求めました。数日後、彼のアパートの電話に出たのは、スターリン本人だったと伝えられています。移住は許可されなかったものの、スターリンの計らいでブルガーコフは劇場との契約を再開することができました。
このエピソードが象徴的なのは、スターリンがブルガーコフの戯曲『トゥルビン家の日々』をお忍びで10回以上観劇していたと伝えられていることです。独裁者に鑑賞され、守られながら、しかし出版も自由な上演もできないまま——ブルガーコフは晩年の1928年から1940年にかけて、死の直前まで『巨匠とマルガリータ』の推敲を続けました。推敲は第二部冒頭の半ばで、作者の死によって永遠に中断します。
「原稿は燃えない」
本作の中には、こんなやり取りがあります。悪魔ヴォランドが巨匠に、燃やしてしまったはずの原稿を見せようとする場面での台詞です。
「原稿は燃えないものなのです」
ブルガーコフ自身、生前に『巨匠とマルガリータ』の初期稿の一部を実際に暖炉で燃やした、と伝えられています。しかし再び書き始め、死の直前まで書き継ぎました。物理的に紙は燃えても、書かれた思想や祈りは消滅しない——この一節は、作家としての彼の信念そのものを刻印しています。
新国立劇場の企画概要にも、「物理的に原稿が燃やされても、その中に込められた思想や魂は決して消滅しない。真に価値ある作品は、権力や抑圧によって破壊されることはなく、いつか必ず人々の手元に届くという、ブルガーコフ自身の信念と希望が込められた一節」と、この台詞が強調されています。
出版史——26年の封印、そして世界的ベストセラーへ
ブルガーコフ没後、未亡人エレーナ・セルゲーヴナは、夫が残した原稿を20年以上にわたって手元に守り続けました。
ポスト・スターリン時代の雪解けを経て、1966年、ソ連の文芸誌『モスクワ』に『巨匠とマルガリータ』が初めて掲載されます。ただしこの初出版は、検閲を受けた「縮小版」でした。本来の全文がロシア語で初めて世に出たのは、同じ1966年末から1967年にかけてのパリとフランクフルトでの亡命出版、そして完全版がソ連国内で正式に出版されたのは1973年のことです。
執筆開始から完全版出版まで、約45年。作者の死から数えても33年。これは20世紀文学史上でも異例の「封印」です。
そして封印が解かれた瞬間、この小説は世界中で熱狂的に読まれる大ベストセラーとなりました。悪魔ヴォランド、人の言葉を喋る黒猫ベゲモート、死者の大舞踏会、空を飛ぶマルガリータ……奇想天外なモチーフが積み重なるこの物語は、ソ連国内はもちろん、冷戦下の西側でも「鉄のカーテンの向こうから届いた驚異の書」として迎えられます。ミック・ジャガーの「悪魔を憐れむ歌」の着想源と語られたり、サルマン・ラシュディやガルシア=マルケスにも影響を与えたりと、ロシア文学の枠を超えた影響を広げていきました。
今日では『巨匠とマルガリータ』は、「20世紀文学の最高傑作のひとつ」と位置づけられています。
物語の構造——モスクワ、エルサレム、幻想
本作は、大きく2つの時空が織りなされる二重構造を持ちます。
縦糸:1930年代モスクワの物語。 ドイツ人教授の姿をした悪魔ヴォランドが、その一味とともにモスクワに出現し、ソ連の文芸界や官僚組織を次々と混乱に陥れていきます。無神論を公言していた編集者ベルリオーズは、ヴォランドの予言どおり路面電車に轢かれて首を切断されます。巻き込まれた詩人イワンは精神病院に収容され、そこで「巨匠」と名乗る男と出会います。巨匠はかつて、「ポンティオ・ピラトがイエスを処刑する」物語の小説を書きましたが、徹底的に批判され、原稿を暖炉で焼いて精神病院に収容されました。彼の恋人マルガリータは、再び巨匠に会うため悪魔と契約し、死者の舞踏会の女主人となります。
横糸:1世紀のエルサレムの物語。 巨匠が書いた小説の内容、すなわち総督ピラトがナザレのイエス(イェシュア)を処刑する一日の記録が、独立した物語として挿入されます。ピラトは激しい頭痛に苦しみながら、イェシュアを「無害な放浪の哲学者」と見抜き、助命したいと願いながらも、ユダヤの祭司たちの圧力に屈して処刑令状にサインします。
この二つの物語を縫い合わせるのが、「巨匠と悪魔ヴォランド、そしてマルガリータ」という三角関係です。ゲーテ『ファウスト 第1部』のパロディ的構造、すなわち「書を究めた知識人(巨匠=ファウスト)」「恋人(マルガリータ=グレートヒェン)」「悪魔(ヴォランド=メフィストフェレス、ヴォラント/フォーラントはメフィストフェレスの別名のひとつ)」の三位一体が意識されています。
ソヴィエトの政治現実を鋭く風刺する「モスクワ編」と、政治と信念・暴力と赦しという普遍的テーマを問う「エルサレム編」。この二つを「原稿は燃えない」という信念が結びつける——これが『巨匠とマルガリータ』の構造的な美しさです。
舞台化の系譜——「上演困難」の代名詞
『巨匠とマルガリータ』は、小説家が書いた作品でありながら、作者自身が劇作家でもあったという経緯も手伝って、各国の演劇人を惹きつけ続けてきました。しかし同時に、舞台化の難易度は極めて高いことで知られます。
舞台化の難しさ
- 登場人物が膨大で、物語の時空が二重(モスクワ/エルサレム)
- 「空を飛ぶ」「首が切断される」「黒猫が人間のように振る舞う」「舞踏会に死者が蘇る」など、文字で読めば幻想として立ち上がる場面を、生身の俳優と限られた舞台上で成立させる必要がある
- 原作が長大で、小説の時系列をそのまま舞台にするには収まりきらない
- 「ソ連の検閲下で書かれた小説」としての政治的コンテクストと、「普遍的な愛と芸術の物語」としての寓話性のバランスを取る必要がある
これらを乗り越えようとする舞台化の試みは、世界各地で繰り返されてきました。代表的な系譜をいくつか辿ってみます。
1. 英国・チチェスターフェスティバル版(2004年)——エドワード・ケンプ翻案
新国立劇場で今回上演されるのは、英国の劇作家エドワード・ケンプが翻案した戯曲版です。初演は2004年、英国チチェスター・フェスティバル・シアターで、スティーヴン・ピムロット演出、サミュエル・ウェスト主演で行われました。ケンプは英国のナショナル・シアターや王立演劇学校(RADA、学長を長年務めた)で活動してきた劇作家で、文学作品の舞台翻案を得意としています。
ケンプ版の大きな特徴は、原作では小説家である「巨匠」を、劇作家に翻案していることです。これは単なる職業の読み替えではなく、舞台構造に直結する選択です。巨匠が「劇作家」であることで、彼の書いた「ポンティオ・ピラト」の物語を、劇中劇として舞台上に直接立ち上げることができるようになります。モスクワ編とエルサレム編の二重構造を、「劇中劇」という演劇独自の技法で結び直すわけです。
批評家マイケル・ビリントン(『ガーディアン』紙)は初演を評し、「ケンプのブルガーコフの主人公を小説家から劇作家に変える変換には実践的な意味がある。それによって我々は、巨匠の書いた戯曲の抜粋、イェシュアが『あらゆる権威は人民に対する暴力の一形態である』と転覆的に主張するシーンを、実際に目にすることができる」と書きました。原作の中核的なテーマである「権力と芸術」の問いが、劇中劇の形で直接観客に差し出される構造です。
このケンプ版は英語圏での上演で広く用いられるようになり、戯曲単行本も出版されています。日本では今回の新国立劇場公演が、ケンプ版の本格的な初上演となります。翻訳は、新国立劇場の多くの翻訳劇を手がけてきた小田島創志さんです。
2. コンプリシテ版(英国、2012年)——サイモン・マクバーニーの大胆な構成
ケンプ版と並んで世界的に注目されたのが、英国の演出家サイモン・マクバーニー率いる劇団コンプリシテ(Complicite)が2012年、ロンドン・バービカン劇場で初演した『The Master and Margarita』です。マクバーニーは物理的な舞台技法と映像、音響を縦横無尽に組み合わせる演出で知られ、本作では巨大なスクリーンへの投影、俳優のダイナミックな身体表現、精緻な音のデザインを駆使して、「空を飛ぶマルガリータ」や「舞踏会」など、原作の幻想場面を舞台で立ち上げてみせました。各国ツアーも行われ、現代演劇の到達点のひとつとして語り継がれています。
ケンプ版が「劇作家としての巨匠」というテキスト再構成で臨んだのに対し、コンプリシテ版は「ドキュメンタリー的・集団的な舞台技法」で立ち向かったと言えます。同じ原作でも、翻案のアプローチは正反対です。
3. 地点版(日本、2025年)——三浦基の「言葉の演劇」
日本国内では、京都を拠点とする劇団・地点が、2025年9月から10月にかけて、京都のアンダースローで『巨匠とマルガリータ』を上演しました。演出は三浦基さん、音楽は空間現代、翻訳は水野忠夫訳の岩波文庫版を使用しています。
地点はテキストを徹底的に解体・再構成する独自の演出で知られる劇団で、「ギミックを多用し、舞台でのみ可能なイリュージョンで構成するロマンチック・スペクタクル」として本作に取り組みました。小説の持つ「かつてはあったが今は失われてしまった『事物を描写する言葉の力』を取り戻そうという希求」を正面から掲げたのは、言葉を中心に置く地点ならではの切り口です。
地点版(アンダースローという小さな劇場、小編成の俳優)と、新国立劇場版(中劇場という大空間、19人の俳優陣)。同じ原作でもアプローチの対照が、2020年代半ばの日本演劇の幅を示しているとも読めます。
4. ロシア・ソ連圏での長い舞台化史
ロシア本国では、1977年にモスクワの名演出家ユーリ・リュビーモフが、タガンカ劇場で本作を舞台化したのが先駆的事例として知られます。ソ連体制下での上演は困難を極めましたが、ペレストロイカ以降は数多くの演出家が挑み、今日のロシアでも定期的に舞台化が行われています。また映画化も複数回なされ、2024年にはアメリカ資本によるハリウッド版映画も製作されました。
このように『巨匠とマルガリータ』は、英国、ロシア、日本、そして世界各地で「演出家が人生で一度は挑みたい戯曲」として扱われ続けてきた作品なのです。
新国立劇場版の見どころ
ここまでの背景を踏まえて、2026年11月の新国立劇場版の見どころを整理してみます。
(1)「物語の更新」の始まり
上村聡史さんが芸術監督として掲げた「物語の更新(アップデート)」というコンセプトの、具体的な一本目がこの作品です。上村さんは会見で、「本作は20世紀のロシア小説の最高峰と言われる作品であり、物語に通底するのは、自分以外の他者がいることの尊さであったり、自分と他者の間に生まれる想像力であったり、信じる力や愛だったりします。忘れてはいけないもの、忘れることができないものを大事に作品を作っていきたい」と語っています。
戦争と検閲の時代に書かれた小説を、2026年の日本で上演することの意味——そこに「アップデート」の最初の宣言があります。
(2)成河・花乃まりあ・篠井英介という三角形
巨匠役の成河さんは、原作小説を読んで「ゲラゲラ笑いながら読んだ」「エンタメ小説だなと感じた」と会見で語っています。重厚な文学作品としてだけでなく、「開かれた精神」を持ったエンターテインメントとしての側面を強く意識している、ということでしょう。
マルガリータ役の花乃まりあさんは、「目に見えているものだけに価値があると思われていた時代に、マルガリータは目に見えないもの、言葉にできないもの、人と人が惹かれ合う見えない引力みたいなものに突き動かされていく女性。その姿に女性として勇気をもらえる」と語り、キャラクターの現代性を強調しています。
そして悪魔ヴォランド役は篠井英介さん。女方の歌舞伎・新派の技法を現代演劇に接続してきた篠井さんが、ソヴィエトのモスクワに降り立つ悪魔をどのように立ち上がらせるのかは、本作最大の見所のひとつです。
(3)劇中劇としての「ピラト」
ケンプ版の構造上、巨匠は「劇作家」であり、彼が書いた「ポンティオ・ピラトのイェシュア処刑劇」は、劇中劇として舞台に組み込まれます。ピラト役の大鷹明良さんは「2000年前の1世紀の人物なので、人となりはまったく分かりません。ただ本作では、処刑に関して非常に後悔していて、その後悔が現代まで続いている、人間味あふれる人物として描かれている」と語っています。
「権威による暴力」と「後悔を2000年抱え続ける人間」というテーマは、今の世界の情勢と重ね合わせずに観ることが難しい部分です。小田島創志さんも「今の世界と重ね合わせたり、クスッと笑ったりしながら、楽しんで観ていただけたら」と会見で述べていました。
(4)「空を飛ぶ」「黒猫」「大舞踏会」をどう立ち上げるか
花乃まりあさんは「実は空を飛ぶシーンがありまして、その稽古はこれからなので、どんな演出になるのか私自身楽しみ」と笑顔を見せていました。原作の最大の見せ場のひとつである「マルガリータが悪魔の軟膏を塗って夜空を飛ぶ」場面を、新国立劇場 中劇場の大空間でどう成立させるのか。成河さんが「広大な中劇場の空間にものすごくシンプルで力強い美術で、鳥肌が立つぐらいカッコいい画作りがなされている」と語る舞台美術の仕掛けにも注目が集まります。
この作品を読むなら、観るなら——関連作品の紹介
『巨匠とマルガリータ』を観る前に/観た後に、読んで・観てほしい関連作品をいくつか挙げます。
原作小説の邦訳
- 『巨匠とマルガリータ』水野忠夫訳(岩波文庫、上下巻) 日本で最も広く読まれている定訳です。地点版の上演でも使用されました。
- 『巨匠とマルガリータ』法木綾子訳(群像社)、中田恭子訳など 複数の訳が出ていて、翻訳者によって肌触りが異なります。読み比べると、ロシア語原文のユーモアや韻の感覚をどう日本語化するかという訳者の挑戦が見えてきます。
同じブルガーコフ作品
- 『白衛軍』(『トゥルビン家の日々』として戯曲化) 上村聡史さんが2024年に演出し、読売演劇大賞優秀作品賞を受賞した作品です。1918年のキエフを舞台にした、ロシア革命内戦期の家族の物語。新国立劇場『巨匠とマルガリータ』を観るなら、本作でブルガーコフの作風を知っておくと見え方が変わります。
- 『犬の心臓』 風刺的な中編小説。1988年にソ連国内で映画化されました。
- 『運命の卵』 中編SF小説。社会主義ユートピアへの風刺が明確です。
ゲーテ『ファウスト 第1部』
『巨匠とマルガリータ』の背後には常にゲーテの『ファウスト』があります。マルガリータという名前はもちろんグレートヒェンの別名ですし、ヴォランドはメフィストフェレスの別称です。並行して読むと、ブルガーコフがどう「ファウスト神話」を20世紀ソ連に翻案したかがくっきり浮かび上がります。
「権力と芸術」をテーマにした戯曲
- アーサー・ミラー『るつぼ』 魔女裁判を描いて、マッカーシズム下のアメリカの検閲と糾弾を批判した作品。
- トム・ストッパード『ロックン・ロール』 チェコ共産主義時代の反体制芸術家の物語。
日本の関連舞台化
- 地点『巨匠とマルガリータ』(2025年、京都アンダースロー) 三浦基演出、空間現代の音楽による小劇場版。新国立劇場版と対照して観ると、同じ原作から立ち上がる演劇の幅が実感できます。
まとめ——「原稿は燃えない」を2026年に上演する意味
『巨匠とマルガリータ』は、「書けなかった小説」「死後の小説」「封印された小説」として生まれ、「世界的ベストセラー」「20世紀文学の最高傑作」として読み直されてきた作品です。そのすべての歴史が、この一作の中にそのまま畳み込まれています。
ソヴィエト体制下で、芸術が公的に殺されても、芸術家の肉体が殺されても、「書かれた祈り」は燃えずに時を越える——このテーゼは、本作が書かれた1930年代だけでなく、2026年の現在に対しても、生々しく響きます。戦争、検閲、プラットフォーム上の表現規制、AIによるコンテンツ生成の氾濫のなかで「作者とは何か」が揺らぐ時代に、「原稿は燃えない」という台詞を舞台で聞くことには、きっと重い意味があるはずです。
上村聡史さんの「物語の更新」の第一歩として、エドワード・ケンプ版の日本初上演として、そして戦後日本演劇が繰り返し問い続けてきた「権力と芸術」のテーマを引き受ける一作として——新国立劇場『巨匠とマルガリータ』は、2026年の秋から冬にかけての、見逃せない公演のひとつになりそうです。
公演は11月7日(土)から23日(月・祝)まで、新国立劇場 中劇場にて。幻想と現実、笑いと恐怖、2000年の後悔と「原稿は燃えない」という祈りが、同じ舞台の上で交差します。
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Written by
戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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