17年ぶりに蘇る大名跡、「十代目竹本綱太夫」
2026年8月19日、大阪市内で行われた記者会見で、人形浄瑠璃文楽の太夫・六代目竹本織太夫(51)が、2028年1月の初春文楽公演にて**「十代目竹本綱太夫」**を襲名することを発表しました。江戸中期から続く文楽の大名跡が、実に17年ぶりに表舞台へ戻ってきます。
さらに2026年9月30日、ハースト婦人画報社の雑誌「婦人画報」で、襲名に向けた新連載**「綱太夫列伝 ~Re:でんでん虫~」**がスタート。歴代の綱太夫をひもときながら、現当主が自らの到達点を言葉にしていく、きわめて珍しいプロジェクトとなります。
本稿では、ただ「襲名が決まった」という事実にとどまらず、
- 「竹本綱太夫」という名跡が文楽史のなかで持つ意味
- 新連載タイトルに込められた、師・八代目竹本綱太夫への敬意
- 襲名を控えた織太夫の芸風と、戯曲(床本)の読み手としての魅力
- この襲名を機に読んでおきたい関連戯曲
を、戯曲図書館ならではの視点で掘り下げてみたいと思います。
「綱太夫」とは何者か──江戸中期から続く大名跡の系譜
竹本座の中核を担ってきた名跡
竹本綱太夫の初代は、江戸中期の享保年間に活躍した太夫です。竹本義太夫が創設した竹本座(1684年開場)が、人気を二分する豊竹座と「東風・西風」の芸風対立のなかで切磋琢磨していた、まさに人形浄瑠璃の黄金時代の人です。
竹本座では、座を代表する語り手として「筆頭格」の地位に綱太夫の名が置かれ、以後、代替わりを重ねながら文楽の中心的な名跡の一つとして受け継がれてきました。興味深いのは、綱太夫の名跡が**「綱太夫内」**と呼ばれる一門のなかで、ほぼ混乱なく継承されてきたという事実です。『増補浄瑠璃大系図』にも、綱太夫の芸統には系図の乱れがないことが明記されています。多くの大名跡が、芸の空白期や分家の争いで系譜を複雑化させてきたなかで、綱太夫は「一門の内」で継承の筋を守ってきた、きわめて筋目の通った名跡なのです。
戦後文楽の象徴・八代目綱太夫(1904〜1969)
歴代のなかでも特に重要なのが、昭和の名人として知られる八代目竹本綱太夫(1904〜1969)です。
- 明治44年、二代目豊竹古靱太夫(のちの豊竹山城少掾)に入門
- 大正6年、初舞台
- 昭和13年、四代目竹本織太夫を襲名(この名跡が、現・織太夫につながる)
- 昭和19年、「切の字」(切場語りの資格)を許される
- 昭和22年、八代目綱太夫を襲名
- 昭和30年、人間国宝に認定
- 昭和38年、日本芸術院賞受賞
- 昭和44年、日本芸術院会員に
戦後、師の豊竹山城少掾が引退した後の文楽界において、八代目綱太夫は中心的存在として芸を支え続けた人です。「嬢景清八島日記」を八代目松本幸四郎と試演するなど、歌舞伎との交流も精力的に行い、文楽の裾野を広げる役割も担いました。
そしてこの八代目が、現・織太夫にとっては芸系上の祖父にあたります。織太夫は八代目綱太夫の直弟子だった初代豊竹咲太夫の弟子にあたる系譜で、まさに「綱太夫内」の筋を正しく受け継ぐ立場にあるのです。
直近50年の空白と、2028年の復活
九代目綱太夫(八代目の長男・竹本綱大夫、人間国宝)が平成23年(2011年)に亡くなって以降、綱太夫の名跡は長らく空席となっていました。文楽界では近年、豊竹呂太夫が十代目豊竹若太夫を襲名(2024年、57年ぶりの復活)するなど、「大名跡を途絶えさせない」ための襲名が続いています。綱太夫の復活もその文脈のなかで理解すべきでしょう。
一つの名跡が十年、二十年と空席のままになると、その名が持つ芸風・持ち役・精神性までもが徐々に忘れられていきます。襲名とは単なる改名ではなく、**過去の芸と現在の芸を接続し直す「上書き保存ではないセーブデータ」**のようなものなのです。
連載タイトル「Re:でんでん虫」が意味するもの
新連載のタイトル**「綱太夫列伝 ~Re:でんでん虫~」**には、文楽ファンがにやりとする仕掛けが込められています。
八代目綱太夫の自著『でんでん虫』
実は「でんでん虫」とは、師である八代目竹本綱太夫自身が著した本のタイトルなのです。八代目は『でんでん虫』『かたつむり』という二冊の著書を残しており、芸談・芸道論の名著として知られています。
「でんでん虫(かたつむり)」という名は、文楽の太夫が舞台で床本(戯曲本)を広げ、見台(けんだい)の前で背中を丸めて語る姿を自嘲気味に表した言葉だと言われます。遅々として進まないように見える歩みのなかで、しかし確実に一歩ずつ前へ進む──芸の修業を体現する比喩でもあります。
「Re:」が示す、受け継ぎ、応答する姿勢
新連載タイトル冒頭の「Re:」は、言うまでもなく「Reply(返信)」「Reprise(再演)」の意味を持ちます。
つまり「Re:でんでん虫」とは、
師・八代目綱太夫が残した『でんでん虫』という手紙に、半世紀を経て十代目となる自分が返信する
という宣言なのです。これは単なる懐古趣味ではありません。襲名披露公演を2028年1月に控え、師の芸・言葉・精神を自分の身体を通して読み直し、現代の読者・観客に向けて翻訳し直すという、きわめて現代的な試みです。
伝統芸能の継承には、しばしば「師の芸をそのままなぞる」保守主義と、「自分の個性で塗り替える」革新主義の二つの誤解がつきまといます。しかし本当の継承とは、師と自分のあいだで対話を続けることであり、「Re:」というたった二文字は、その姿勢を見事に言い当てています。
六代目竹本織太夫という太夫の魅力
8歳で入門、文楽界のプリンス
現・織太夫は1975年、大阪市西心斎橋に生まれました。竹本・豊竹の家ではなく、三味線方の家系に生まれています。大伯父は四代目鶴澤清六、祖父は二代目鶴澤道八、伯父は人間国宝の鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗──という、まさに文楽の血の中心に生まれ落ちた子でした。
1983年、8歳で豊竹咲太夫(八代目綱太夫の長男)に入門し、初代豊竹咲甫太夫を名乗ります。1986年、「傾城阿波の鳴門」で初舞台。以後、文楽の若手ホープとして着実にキャリアを積み、2018年1月の八代目竹本綱太夫五十回忌追善公演「摂州合邦辻」合邦住家の段 後にて、六代目竹本織太夫を襲名しました。この襲名そのものが、八代目綱太夫が若き日に名乗った「四代目織太夫」の系譜を引き継ぐものだったのです。
NHK Eテレ『にほんごであそぼ』で浸透した「文楽の声」
織太夫の魅力は、文楽内部にとどまりません。NHK Eテレ『にほんごであそぼ』にレギュラー出演し、独特の節回しと伸びやかな声で、子どもたちにも「義太夫節とはこういう音なんだ」を体感させてきた功績は大きい。文楽が「古い・難しい」というイメージから抜け出すうえで、彼のメディア露出は確実に効いています。
ファンのあいだでは「タイムマシーンのような語り」とも評されます。襲名会見で織太夫自身が語った言葉──**「お客様をタイムトリップしていく、それが綱太夫像」**──は、まさに彼が目指す太夫像の核心を言い当てているでしょう。
「切場語り」としての格
文楽の太夫には、段ごとに「口」「中」「切」といった担当があり、物語の山場である「切場」を語ることを許される切場語りは、太夫のなかでも最高位の技芸者です。切場語りに昇格することを「切の字を許される」と言い、師・八代目綱太夫も昭和19年にその資格を得ました。
織太夫がこれから十代目綱太夫を襲名するにあたっては、まさに「切場語り」として、物語全体の重みを背負って語る役割がますます求められます。襲名公演の演目選定にも、彼が受け継ぐべき持ち役が反映されるはずです。
襲名を機に読んでおきたい関連戯曲
戯曲図書館らしく、この襲名を機にぜひ戯曲(床本)として触れておきたい作品を挙げます。
1. 『摂州合邦辻』合邦住家の段
六代目織太夫襲名公演の演目であり、八代目綱太夫五十回忌追善の演目でもあった、まさに師弟の縁を結んだ作品です。玉手御前という継母が義理の息子・俊徳丸に邪恋を仕掛ける──そんなあらすじだけでは到底捉えきれない、仏教的な救済の物語。戯曲として読むと、玉手の長台詞に込められた「母としての真情」が、歌舞伎版とは異なるテクスチャで立ち上がってきます。
2. 『傾城阿波の鳴門』巡礼歌の段
織太夫の初舞台演目であり、文楽の入門演目としても親しまれる名作。母お弓と娘おつるの再会と別離を描く悲話で、短い段のなかに義太夫節の情感のエッセンスが凝縮されています。
3. 『義経千本桜』渡海屋・大物浦の段
歴代の綱太夫が得意とした「大物(おおもの)」の一つ。平知盛が義経一行を討とうとする壮大な場面で、太夫の声量・迫力・緊張感がすべて試される切場中の切場です。織太夫も幾度となく手掛けてきた段で、襲名後の持ち役として注目される演目でしょう。
4. 『仮名手本忠臣蔵』祇園一力茶屋の段
江戸期から文楽の金看板であり、綱太夫内に代々伝わる重要な段。歌舞伎版の七段目として広く知られていますが、文楽の床本で読むと、由良助・平右衛門・おかるの三者の心理が、台詞のリズムそのものとして組み上げられているのが見えてきます。
5. 『菅原伝授手習鑑』寺子屋の段
言わずと知れた義太夫節の最高峰の一つ。源蔵・戸浪夫婦が主君の子を守るために自らの弟子を身代わりに差し出す──この壮絶な葛藤を支えるのは、太夫の語りだけです。文楽の切場語りがどんな境地を目指す仕事なのかを体感するのに最良の戯曲。
襲名という「上書きしない保存」が意味するもの
伝統芸能における襲名は、しばしば「名前の継承」と語られます。しかし本稿で見てきたように、襲名の実態は**「過去の芸と現在の芸を繋ぎ直す対話」**であり、「上書き保存」ではありません。
- 新しい綱太夫が誕生しても、八代目や九代目が消えるわけではない
- むしろ襲名によって、過去の綱太夫たちの芸が改めて参照され、研究され、現代に照らされる
- 新連載「Re:でんでん虫」はまさにその照射装置として機能する
戯曲という視点から考えれば、文楽の床本は数百年にわたって受け継がれてきたテキストです。しかし「書かれたもの」だけでは義太夫節は成立しません。太夫一人ひとりの声が加わってはじめて、戯曲は血肉を持った物語になります。だからこそ、名跡の継承は戯曲の継承とも深く結びついているのです。
2028年1月、大阪・国立文楽劇場の初春公演で十代目竹本綱太夫襲名披露が行われるとき、客席には八代目の『でんでん虫』を読み返した観客たちが集まっているはずです。そのとき床の上で語られる義太夫節は、八代目から六代目織太夫、そして十代目綱太夫へと受け継がれる、長い「返信」の最新号になるでしょう。
まとめ
- 六代目竹本織太夫が2028年1月、十代目竹本綱太夫を襲名
- 綱太夫は江戸中期から「綱太夫内」で筋を正して継承されてきた大名跡
- 直近は2011年に九代目が亡くなって以降、17年ぶりの復活
- 新連載「綱太夫列伝 ~Re:でんでん虫~」は、師・八代目綱太夫の自著『でんでん虫』への「返信」として企画された
- 襲名披露公演までの約1年半、織太夫がどんな言葉と芸を積み上げていくかに注目したい
名跡の継承は、消えゆく過去を蘇らせる魔法ではありません。師と弟子、歴代と現当主、戯曲と語り手──それぞれのあいだで続けられる長い対話のことです。「Re:」の二文字に宿るこの精神こそ、伝統芸能が現代に生き延びる最も確かな理由ではないでしょうか。
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Written by
戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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