菅原直樹プロフィール|介護と演劇を往復しながら創作を広げる劇作家・演出家
菅原直樹さんは、介護福祉士としての実務経験と俳優・劇作家としての身体感覚を往復しながら、超高齢社会を演劇の言葉で捉え直してきた劇作家・演出家です。高齢者や介護者とともに創作する「老いと演劇」OiBokkeShiの活動を軸に、認知症、ケア、地域、記憶、死といったテーマを、重苦しさだけに閉じない作品へ仕上げてきました。『よみちにひはくれない』、『あたらしい生活シアター』、『レクリエーション葬』といった戯曲からは、制度や理念を説明するのではなく、暮らしの会話や身体のリズムから問題を立ち上げる菅原さんの作風がよく伝わってきます。
本記事では、菅原直樹さんの経歴、作風、受賞歴、代表作、近年の活動を整理します。
基本プロフィール
- 名前:菅原直樹(すがわら なおき)
- 生年:1983年
- 出身:栃木県宇都宮市
- 主な肩書:劇作家、演出家、俳優、介護福祉士
- 主な活動母体:「老いと演劇」OiBokkeShi
- 主な受賞・評価:平成30年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)、第68回岸田國士戯曲賞最終候補、令和6年度岡山芸術文化賞グランプリ ほか
経歴
菅原さんは1983年に栃木県宇都宮市で生まれ、桜美林大学文学部総合文化学科を卒業しています。俳優として小劇場の現場に立ちながら、2010年から特別養護老人ホームで介護職員として勤務しました。演劇と介護を別々の仕事として並行するのではなく、両方の現場で得た感覚を少しずつ結びつけていったことが、その後の創作の土台になっています。
2012年、東日本大震災を機に岡山県へ移住し、2014年に和気町で「老いと演劇」OiBokkeShiを設立しました。ここで菅原さんは、劇場の中だけで完結する作品づくりではなく、高齢者、介護者、地域住民、福祉の現場とともに演劇を組み立てる方法を本格化させます。2016年には活動拠点を奈義町へ移し、演劇公演に加えて、認知症ケアに演劇的手法を取り入れたワークショップを全国各地で展開してきました。
俳優としては平田オリザさんが主宰する青年団に所属し、神里雄大さん、柴幸男さん、杉原邦生さん、多田淳之介さん、前田司郎さん、松井周さんらの作品にも参加しています。この俳優経験があるからこそ、菅原さんの戯曲には、俳優の身体がどう迷い、どう反応し、どう沈黙するかまで含めて設計された台詞が多いです。文章として読むだけでも面白い一方で、舞台上の息づかいや間合いを強く想像させるのが特徴です。
作風の特徴
介護や老いを「問題」だけで終わらせない視点
菅原さんの作品は、認知症や介護を社会課題として正面から扱いながらも、啓発的な説明文にはなりません。たとえば『よみちにひはくれない』では、認知症の老女を探して商店街を歩く過程が、そのまま記憶と土地の物語へ変わっていきます。介護現場で起きる出来事を「大変さ」のみで切り取るのではなく、時間のゆらぎ、見えている世界の違い、周囲の人の戸惑いと愛着まで含めて舞台化している点が重要です。
この姿勢は、老いを特別なものとして遠ざけるのではなく、誰の生活にも連続しているものとして扱う視点につながっています。菅原さんの作品を読むと、介護や認知症をテーマにした演劇である前に、人が他者とどう関わり、どう見送り、どう支え合うかを問う演劇であることがわかります。
地域の空間そのものを作品化する発想
菅原さんの代表的な方法の一つが、実際の街や生活空間を舞台に変える発想です。『よみちにひはくれない』は和気町駅前商店街を歩きながら鑑賞する「徘徊演劇」としてつくられました。観客は座席に座って遠くから物語を眺めるのではなく、俳優と同じ道を歩き、同じ空気を吸い、土地の記憶に触れながら作品へ参加します。
この方法によって、地域の風景は単なる背景ではなく、登場人物の記憶や感情を担う重要な要素になります。菅原さんは劇場装置を巨大化するのではなく、すでに存在する地域の場に演劇の焦点を当て直すことで、観客の身体感覚そのものを作品に巻き込んでいきます。
ユーモアと切実さの同居
菅原さんの戯曲には、老い、介護、死といった重い主題が並びますが、読後感は決して重苦しいだけではありません。『あたらしい生活シアター』や『レクリエーション葬』にも見られるように、可笑しみや遊びの感覚が大切にされています。高齢者が発する思いがけない一言、噛み合わないようでいて本質を突く会話、儀式を少しずらして見せる構成が、観客の緊張をゆるめながら、かえって主題の切実さを深く届かせます。
とくに『レクリエーション葬』というタイトルには、菅原さんらしさがよく表れています。葬送の場に「レクリエーション」という言葉を重ねることで、死を笑い飛ばすのではなく、見送るとはどういう行為か、儀礼は誰のためにあるのかを、柔らかく、しかし鋭く問い返しているからです。
受賞歴・評価
菅原さんは2019年、「よみちにひはくれない」ほかの成果によって平成30年度芸術選奨文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)を受賞しました。この受賞は、介護や地域に根ざした実践が、福祉活動としてだけでなく演劇表現として高く評価されたことを示しています。
その後も評価は継続し、2022年には国際共同制作『Theatre of Wandering』『The Home オンライン版』の上演成果によって岡山芸術文化賞準グランプリを受賞しました。さらに2024年には『レクリエーション葬』が第68回岸田國士戯曲賞の最終候補に選ばれています。岸田國士戯曲賞の最終候補入りは、社会的テーマの新しさだけでなく、戯曲そのものの構造と言葉の強度が評価された結果といえます。
OiBokkeShi公式プロフィールでは、令和6年度岡山芸術文化賞グランプリ受賞や2025年度セゾン・フェローII採択も明記されています。地域実践、劇作、公演、ワークショップ、国際共同制作を横断する活動全体が、現在進行形で高く評価されていることがわかります。
戯曲図書館に掲載されている代表作
まず読みたいのは、やはり『よみちにひはくれない』です。OiBokkeShiの原点として位置づけられる代表作であり、認知症、帰郷、地域の風景、観客の身体参加という菅原作品の重要な要素がまとまっています。
次に『あたらしい生活シアター』を読むと、ケアの現場にある戸惑いと可笑しみが、より開かれた会話劇として展開されていることがわかります。さらに『レクリエーション葬』まで読むと、菅原さんが近年どのように死や見送りの作法を主題化し、ユーモアと切実さを両立させているかが見えてきます。3作を並べて読むことで、初期から近年までの関心の連続性もつかみやすいです。
近年の活動情報
近年の菅原さんは、国内の公演だけでなく国際的な共同制作やワークショップにも活動の幅を広げています。OiBokkeShi公式プロフィールによると、2025年には台湾・國家兩廳院の主催事業として、『よみちにひはくれない』を現地の高齢者、アーティスト、医療・介護・福祉関係者とともに創作・上演しました。日本国内で培ってきた方法が、海外の現場でも応用されていることがわかります。
2026年8月16日時点でも活動は継続中です。OiBokkeShi公式スケジュールには、2026年7月10日と8月21日にオンライン「老いと介護のおしゃべり会」、2026年9月25日にオンライン「老いと演劇のワークショップ(対話のリハーサル)」が掲載され、いずれも菅原さんがファシリテーターを務めると案内されています。劇作と上演だけでなく、対話の場を継続的につくることが、菅原さんの現在の活動の大きな柱になっています。
また、2024年には『レクリエーション葬』公演映像の配信開始や岸田國士戯曲賞最終候補入りが公式ニュースで告知されました。作品単体の注目度が高まる一方で、OiBokkeShiの理念である「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という実践も続いています。菅原さんは一度成功した方法を固定化するのではなく、公演、地域連携、ケア、国際協働、ワークショップを行き来しながら、演劇の役割そのものを広げ続けている劇作家です。
まとめ
菅原直樹さんは、介護と演劇という一見離れて見える二つの現場を、自分の身体と実践を通して結び直してきた劇作家・演出家です。老い、認知症、見送り、地域共同体といった主題を扱いながらも、作品は常に人の可笑しみや温度を失いません。だからこそ、社会性のある演劇としてだけでなく、人間の会話や関係そのものを丁寧に見つめる戯曲として読まれ続けています。
戯曲図書館で菅原直樹さんを知るなら、まずは『よみちにひはくれない』から入り、『あたらしい生活シアター』、『レクリエーション葬』へと読み進めるのがおすすめです。菅原さんが、老いとケアの現場からどのような演劇言語を立ち上げてきたのかが、はっきり見えてくるはずです。
参考情報
- OiBokkeShi 公式「OiBokkeShiとは?」: https://oibokkeshi.net/about/
- OiBokkeShi 公式「よみちにひはくれない」: https://oibokkeshi.net/play/yomichi2015/
- OiBokkeShi 公式「レクリエーション葬」ニュース一覧: https://oibokkeshi.net/tag/%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E8%91%AC/
- 岡山県「これまでの岡山芸術文化賞受賞者一覧」: https://www.pref.okayama.jp/page/270089.html
- OiBokkeShi 公式「スケジュール」: https://oibokkeshi.net/schedule/
この記事で紹介した戯曲
Written by
戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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