山本卓卓プロフィール|文字・映像・俳優の関係を更新し続ける劇作家
山本卓卓さんは、舞台上に投影された文字、映像、光、俳優の身体を組み合わせながら、現代の情報環境と人間の倫理感覚を鋭く映し出してきた劇作家・演出家です。会話だけに頼らない上演の設計、観客に「読む」ことを促す言葉の扱い、そして祝祭性と不穏さが同時に立ち上がる舞台づくりによって、同世代の中でもきわめて独自の存在感を築いてきました。2022年には『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞し、現代日本演劇を代表する書き手の一人として注目を集めています。
本記事では、山本卓卓さんの経歴、作風、受賞歴、代表作、近年の活動を整理します。
基本プロフィール
- 名前:山本卓卓(やまもと すぐる)
- 生年:1987年
- 出身:山梨県
- 主な肩書:劇作家、演出家、俳優
- 主な活動母体:範宙遊泳
- 受賞歴:第66回岸田國士戯曲賞、Bangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞・最優秀作品賞 ほか
経歴
山本さんは1987年、山梨県に生まれました。高校時代に映画演劇部で創作を始め、桜美林大学在学中の2007年に範宙遊泳を旗揚げしています。もともとは映画への関心が強かったそうですが、演劇の現場で実践しながら学ぶ姿勢を選び、早い段階から自らのカンパニーを率いる形で活動を広げていきました。
範宙遊泳は、一般的な意味での「劇団」というより、俳優・美術・音楽・映像など複数の創作主体がせめぎ合うコレクティブとして育ってきました。とくにアートディレクターのたかくらかずきさんの参加以降、文字や画像、色や影を舞台上に強く立ち上げる視覚設計が洗練され、山本さんの戯曲世界はよりはっきりとした輪郭を持つようになります。
転機として大きいのは、2013年発表の『幼女X』に代表される、投影された文字と俳優の身体が拮抗するスタイルの確立です。山本さんはインタビューの中で、声に出される台詞だけでは届かない言葉への違和感から、観客が「目で読む」言葉を舞台に持ち込んだと語っています。この発想は単なる演出上の趣向ではなく、スマートフォンやSNSを通じて文字情報に囲まれて生きる現代の感覚そのものを、演劇の形式へ移し替える試みと考えられます。
その後は日本国内にとどまらず、マレーシア、タイ、インド、中国、シンガポール、北米などで公演や共同制作、戯曲提供を行い、国際的にも活動を展開してきました。2019年から2020年にかけてはACCの助成でニューヨークに滞在し、2020年以降はオンライン創作プロジェクト「むこう側の演劇」も始動しています。劇場空間に閉じない発想を持ちながら、それでもなお演劇でしか生まれない同時性や共有感覚を問い続けているところに、山本さんの歩みの特徴があります。
作風の特徴
文字と俳優のせめぎ合い
山本さんの作品を語るうえで外せないのが、文字を舞台上の主要な要素として扱う点です。登場人物の内面や不在の声、社会のノイズのようなものが投影されることで、観客は俳優の発話を聞くだけでなく、同時に言葉を読み、補い、心の中で唱えることになります。この二重の体験が、山本作品の大きな特徴です。
たとえば『その夜と友達』では、会話の奥にある孤独や距離感が、直接的な説明よりも場のズレとして立ち上がります。山本さんは、台詞で感情を言い切るのではなく、文字、沈黙、光、影、俳優の位置関係を通じて、人がうまく言葉にできない感覚を舞台化する書き手です。
現代社会の倫理と不安
山本さんの作品には、現代社会の情報過多や価値観の揺らぎが色濃く反映されています。SNSやニュース、ネットワークを通じて多様な意見が絶えず流れ込み、何が正しいのかを単純には決められない時代に、人はどう判断し、誰を許し、何を信じるのか。そうした問いが作品の底に流れています。
岸田國士戯曲賞受賞作の『バナナの花は食べられる』も、その延長線上にあります。山本さんは社会批評を声高に叫ぶのではなく、人物たちの不安や欲望、ずれたやり取りの中から、いまの時代の空気を浮かび上がらせます。わかりやすい結論を与えないぶん、観客の側に考える余白が残るのが魅力です。
祝福と不穏さの同居
山本作品は重い主題を扱っていても、暗さだけに閉じません。不穏さの中にユーモアや祝祭感が差し込み、切実さと軽やかさが同居しています。人間や社会への不信を描きながら、それでも他者と出会う可能性を完全には手放していないところが、山本さんの舞台の強さです。
『うまれてないからまだしねない』のタイトルにも、その感覚がよく表れています。絶望的な響きと、生への奇妙な執着が同時に宿っており、悲観と祝福が単純に分かれない世界観が感じられます。山本さんは、観客を安心させるために舞台を整える人ではなく、揺れたまま立ち会わせる人です。
受賞歴・評価
山本さんは比較的早い段階から国内外で高く評価されてきました。2008年に『美少女Hの人気』でシアターグリーン学生芸術祭優秀賞、2009年に『透明ジュピ子黙殺事件』で名古屋キャンパスフェスティバル大賞を受賞しています。さらに2014年には『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞・最優秀作品賞を受賞し、海外でもその独自性が強く認識されました。
そして2022年、『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞しています。岸田國士戯曲賞は現代日本戯曲の最重要賞の一つであり、この受賞は山本さんが単なる前衛的な演出家にとどまらず、戯曲そのものの強度を備えた書き手であることを広く示しました。
また、山本さんは劇作・演出だけでなく、ワークショップや教育的実践にも積極的です。青少年や福祉施設に向けた取り組み、オンライン創作、国際共同制作など、活動の幅が非常に広く、現代の演劇人としての役割を拡張している点も高く評価されています。
戯曲図書館に掲載されている代表作
まず読みたいのは、やはり『バナナの花は食べられる』です。岸田國士戯曲賞受賞作として注目度が高いだけでなく、山本さんの問題意識と戯曲の構造の強さがよく表れています。
次に『うまれてないからまだしねない』を読むと、人物や状況にまとわりつく不安や切実さが、独特のタイトル感覚も含めてより鮮明に伝わってきます。さらに『その夜と友達』まで読むと、山本さんが人と人の距離、言葉の届かなさ、現代的な孤立をどのように舞台へ変換しているのかがつかみやすくなります。
近年の活動情報
近年の山本さんは、創作規模と活動領域の両面でさらに幅を広げています。範宙遊泳の公式プロフィールによると、2024年には『心の声など聞こえるか』を東京芸術劇場 シアターイーストで上演しました。言葉にならない内面と他者理解の困難さに向き合うこの作品からは、山本さんの関心が一貫して現在進行形であることがうかがえます。
さらに2025年には、日中当代表演交流会『我们的身体 わたしたちの身体』のプロジェクトメンバーとして参加し、国際的な共同実践を継続しています。2026年には範宙遊泳『われらの血がしょうたい』がシアタートラムで上演され、公式案内では山本さんが作・映像、額田大志さんが演出・音楽を担当したことが明記されています。10年ぶりの再演として注目を集めたこの公演は、インターネットやAI時代の感覚に接続し直されながら受け止められました。
こうした近年の動きを見ると、山本さんがひとつの成功したスタイルを反復するのではなく、社会の変化にあわせて形式そのものを更新し続けていることがよくわかります。劇場公演、オンライン創作、ワークショップ、国際共同制作を往復しながら、それぞれの場で「いま演劇は何を受け止められるのか」を試し続けています。
まとめ
山本卓卓さんは、文字・映像・身体・空間の関係を組み替えながら、現代社会に生きる人間の倫理や孤独、不安、そしてかすかな祝福を描いてきた劇作家です。形式の新しさばかりが注目されがちですが、その根底にあるのは、いまこの時代に言葉をどう届けるかという切実な問いです。だからこそ山本さんの作品は、実験的でありながら観客の現実感覚に強く触れてきます。
戯曲図書館で山本卓卓さんを知るなら、まずは『バナナの花は食べられる』から入り、『うまれてないからまだしねない』、『その夜と友達』へと読み進めるのがおすすめです。山本卓卓さんが、現代の演劇にどのような言葉と形式を持ち込んできたのかが、はっきり見えてくるはずです。
参考情報
- 範宙遊泳 公式プロフィール「山本卓卓」: https://www.hanchuyuei2017.com/about/suguru
- Performing Arts Network Japan「山本卓卓|投影された文字と俳優が絡む メール世代の新演劇」: https://performingarts.jpf.go.jp/article/7060/
- GAKU「山本卓卓」: https://gaku.school/teachers/%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E5%8D%93%E5%8D%93/
- 範宙遊泳『われらの血がしょうたい』公式ページ: https://www.hanchuyuei2017.com/wareranochi
この記事で紹介した戯曲
Written by
戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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