『かさぶた式部考』は、なぜいま刺さるのか
文学座が2026年に秋元松代『かさぶた式部考』を上演したことは、懐かしい名作の再演以上の意味を持っています。この戯曲が見せるのは、事故や貧困や信仰をめぐる「昔の話」ではなく、社会の底で傷ついた人びとの痛みが、いつの時代も簡単には過去にならないという事実です。
物語の中心にいるのは、炭鉱事故で深い後遺症を負った豊市、その母・伊佐、妻・てるえ、そして和泉式部の末裔を名乗る智修尼です。筋だけ追えば濃密な家庭悲劇ですが、本作の本領はそこではありません。和泉式部伝説、炭鉱事故、民間信仰、女たちの怒りを一つの舞台に同時に置き、戦後日本の「患部」をあぶり出しているところにあります。
和泉式部を「民衆の伝説」として使う発想
和泉式部というと、百人一首や王朝歌人のイメージが先に立ちます。けれど兵庫県立歴史博物館の資料が示すように、和泉式部は北海道から九州まで広く伝説が残る存在でもあります。つまり彼女は文学史の人物であるだけでなく、各地の人びとが自分たちの土地へ引き寄せて語ってきた「民衆の記憶」でもありました。
秋元松代がすごいのは、この伝説性を古典教養の飾りとして使わなかったことです。病、遍歴、祈り、救済と結びついた和泉式部像を借りることで、現代の苦しみを遠い昔話ではなく、長く続く日本の傷として見せました。高貴な歌人の物語が、底辺に生きる人びとの苦痛へ接続される。そのずれが、この戯曲独特の熱を生んでいます。
炭鉱事故を「家族の時間」として描く厳しさ
J-STAGE掲載の相馬庸郎論文は、『かさぶた式部考』を「かさ病み式部」の民間伝承と炭鉱爆発事故によるCO中毒患者一家の悲劇を融合させた作品だと整理しています。さらに失敗知識データベースがまとめる三井三池炭鉱事故の記録を見ると、1963年の炭塵爆発は死者458人、負傷者555人を出した戦後最大級の災害であり、その背景に生産第一主義と保安体制の不備がありました。
秋元は、この構造的な暴力を説明で済ませません。事故のあとに残る介護の時間、働けなくなった息子を抱え続ける家族の疲労、壊れた身体と毎日向き合う生活へと視点を下ろします。事故そのものではなく、事故後も終わらない人生を書く。そこに演劇ならではの強さがあります。
母・伊佐の怒りが、この戯曲を傑作にしています
本作の中心は、被害者の悲惨さよりも、母・伊佐の怒りです。文学座の松本祐子が今回の上演に寄せた言葉でも、秋元作品には理不尽な社会の中で怒りを消さずに生きる女の姿があると語られています。まさに『かさぶた式部考』の伊佐は、その典型です。
伊佐は、ただ耐える母ではありません。息子を守りながら、社会にも、信仰にも、男にも、自分の運命にも噛みつくように生きます。秋元松代は母性をきれいに美化せず、献身と憎しみ、祈りと呪いが同じ人物の中に宿ることをそのまま書きました。だから伊佐の言葉は、説教ではなく告発として響きます。
秋元松代は、伝説を通して現実をえぐる劇作家でした
秋元松代は『近松心中物語』で広く知られていますが、日本劇作家協会の戯曲デジタルアーカイブを見ると、『常陸坊海尊』『かさぶた式部考』の段階ですでに、伝説や民間信仰を戦後社会の傷へ接続する独自の方法を完成させていたことがわかります。写実だけで現実を再現するのではなく、伝説を通すことで、現実の底に沈んだ痛みをむしろ濃く浮かび上がらせるのです。
この方法を知るうえで、関連作品としてまず読みたいのが『常陸坊海尊』です。伝説と喪失を結ぶ回路が、ここでも鮮明に働いています。もう一作はもちろん『近松心中物語』です。古典を借りながら、歴史の表舞台からこぼれ落ちる人びとの情念を拡張する点で、『かさぶた式部考』と深くつながっています。
2026年の観客にとっての現在性
いまこの戯曲が届くのは、炭鉱の時代を知っているからではありません。介護、労働災害、地方の衰退、救済を売る言葉、壊れた家族の沈黙といった問題が、形を変えていまも続いているからです。『かさぶた式部考』は問題をきれいに整理しません。その代わり、伊佐の怒り、豊市の壊れ方、智修尼の妖しさを観客の身体に残します。
演劇は、ときに「理解した」と言わせるより、「忘れられない」と思わせるほうが強いです。『かさぶた式部考』はまさにその種類の戯曲です。文学座の今回の再演は、秋元松代を記念する上演というより、まだ終わっていない日本の傷をもう一度見つめるための上演として受け止めたいです。
参考情報源
- 文学座「かさぶた式部考」公演ページ
- J-STAGE 相馬庸郎「『かさぶた式部考』論 : 秋元松代ノート」
- 日本劇作家協会 戯曲デジタルアーカイブ「秋元松代」
- 兵庫県立歴史博物館「和泉式部の足跡を訪ねる」
- 失敗知識データベース「三井三池炭鉱の炭塵爆発」
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戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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