AAF戯曲賞の再始動は何を変えるのか――一次通過25作から見える『上演される戯曲』の現在地

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第23回AAF戯曲賞の一次審査通過25作品が発表されました。今回の発表自体は、一見すると「通過作が並んだニュース」に見えるかもしれません。けれども、AAF戯曲賞はもともと、単に原稿を選んで終わる賞ではありません。受賞作を劇場がプロデュースして上演することを前提に設計されてきた、かなり特異な戯曲賞です。

しかも今回は、応募総数256作品。愛知県芸術劇場の発表によれば過去最多です。さらに第23回からは、これまでの蓄積を引き継ぎながら、賞の考え方そのものもリニューアルされました。つまり今回の一次通過発表は、単に「候補作が出そろった」というだけではなく、AAF戯曲賞が次の10年に向けて何を戯曲に求めるのかが、具体的な形を取り始めた瞬間でもあります。

この記事では、一次通過25作というニュースを入口に、AAF戯曲賞の独自性、今回の再始動で変わった点、そしてこの賞がいま日本の劇作にとってなぜ重要なのかを整理してみます。


AAF戯曲賞の独自性

日本の戯曲賞にはいくつか系統があります。岸田國士戯曲賞のように発表済み作品を評価するもの、日本劇作家協会新人戯曲賞のように応募作を公開選考で議論するもの、地域ごとの演劇文化を支える賞などです。その中でAAF戯曲賞が際立っているのは、最初から「上演」を制度の中心に置いてきた点です。

愛知県芸術劇場はAAF戯曲賞を、受賞作品を自らプロデュースして上演する「上演を前提とした戯曲賞」と位置づけています。これは大きな違いです。戯曲を文学テキストとして読むだけでなく、劇場空間、俳優、演出、観客との出会いまで含めて考えるということだからです。

この設計によって、AAF戯曲賞は「うまく書けているか」だけではなく、「劇場で立ち上がるか」「他者に託されても生きるか」という問いを、最初から作品に突きつけてきました。戯曲図書館の視点から見ても、これはとても重要です。読む戯曲と、上演される戯曲は重なりつつも、同じではないからです。

第15回から第22回までは、「戯曲とは何か?」というコンセプトが掲げられていました。かなり挑戦的な言い方です。既成のドラマツルギーに収まらないテキスト、声や身体や場との関係を更新する言葉、そもそも何をもって戯曲と呼ぶのかを問い返す作品まで、幅広く受け止めようとしていたことがうかがえます。

そして第23回から、その問いはさらに具体化されました。愛知県芸術劇場は今回のリニューアルで、「言葉と個と場と」というプログラムのもと、演劇や戯曲の力を地域課題・社会課題に接続していく方針を打ち出しています。ここが今回の大きな転換点です。


再始動で変わったもの

今回の一次・二次審査では、劇場側が明確に二つの観点を示しています。ひとつは「愛知県芸術劇場で今、上演するのにふさわしい戯曲であること」。もうひとつは「新しい人材の発掘・育成・発信」です。

この「今、上演するのにふさわしい」という言い方は、非常に示唆的です。普遍性だけでは足りません。完成度が高いだけでも足りません。2026年の劇場で、いまこの社会に向けて、誰と共有するべき言葉なのかが問われているからです。

しかも2024年には、AAF戯曲賞の募集をいったん見送り、「時代をより反映した内容」に向けて見直しを続けるとアナウンスされていました。創作環境や上演方法を健全に整えるために受賞記念公演のスケジュールまで調整していることを見ても、今回は単なる賞の継続ではなく、制度そのものの作り直しに近い動きだと言えます。

そのうえで蓋を開けてみれば、256作品もの応募が集まりました。これは、戯曲の書き手が減っているのではなく、むしろ応募の受け皿と評価の文脈さえあれば、かなり多様な書き手が現れてくることを示しています。一次通過は25作品、さらに二次で5作品まで絞られました。数字だけ見ても、かなり競争率の高い選考です。

最終候補に残ったのは『良いキャンペーン』『いみいみ』『落ちる』『Fusion,(フュージョン、)』『Plant』の5作です。題名の並びだけでも、広告や社会言語を思わせるもの、感覚や意味の揺らぎを前面に出したもの、身体や自然や変容を感じさせるものが混在しています。もちろん題名だけで作品を断定することはできませんが、少なくとも「ひとつの型」に寄っていないことは伝わってきます。


受賞作の系譜が示してきたこと

AAF戯曲賞の面白さは、受賞後の作家たちの歩みをたどるとよりはっきり見えてきます。受賞作一覧を眺めると、この賞が好んできたのは、単に器用な新人ではなく、その後の演劇の地形を少しずつ変えていくタイプの書き手だったことがわかります。

たとえば第2回受賞作は永山智行さんの『so bad year』でした。永山さんは宮崎を拠点に、地域の言葉や民俗感覚を日常の会話劇と結びつけながら、土地に根ざした演劇を持続的に作ってきた劇作家です。東京の中心から遠い場所で創作を続けながら、それでも作品が広く上演されていくというモデルを、かなり早い段階で体現していました。

第11回では市原佐都子さんの『虫』が受賞しました。市原さんはその後、『バッコスの信女―ホルスタインの雌』で岸田國士戯曲賞を受賞し、近年はヨーロッパでの共同制作や国際フェスティバルでの上演でも注目されています。身体、生殖、欲望、規範といった扱いの難しいテーマを、独自の言語感覚で押し広げていく作風は、まさに「戯曲とは何か」というAAFの問題意識と深く響き合っていました。

さらに近年の受賞作を見ても、松原俊太郎さん、額田大志さん、カゲヤマ気象台さん、小野晃太朗さん、守安久二子さん、村社祐太朗さんなど、いわゆる同じ作風の作家が並んでいるわけではありません。会話劇の人もいれば、音楽や構成の発想が強い人もいて、テキストの形そのものをずらしていく人もいます。

ここから見えてくるのは、AAF戯曲賞が「正しい戯曲」をひとつに定める賞ではないということです。むしろ、劇場で試されることで初めて力を発揮するような、少し危うくて、しかし時代の輪郭を先に掴んでいる言葉を拾い上げてきた賞だと言ったほうが近いでしょう。


一次通過25作のニュースをどう読むか

では、今回の一次通過25作の発表を、私たちはどう受け止めればよいのでしょうか。

大事なのは、これを「賞レースの途中経過」としてだけ見ないことだと思います。AAF戯曲賞は、一次通過作の段階からPDF公開や審査過程の共有に積極的で、作品を読む場、議論する場を広げようとしてきました。つまり、候補作の発表自体が、すでに演劇の公共圏を作る行為でもあるのです。

今回の25作の中には、『藤田嗣治~白い暗闇~』のように歴史的人物を想起させる題名もあれば、『良いキャンペーン』『CELL/AUTOMATIC』『Riding a Resonant City』のように、現代の都市、制度、テクノロジー、翻訳感覚を思わせる題名も並んでいます。『豚汁』『猫』『七かまどに雪帽子』のように、生活感や寓話性を帯びた題名もあります。この幅は、いまの劇作が扱う対象の広さそのものです。

しかも今回の審査基準には、「新しい人材の発掘」がはっきり含まれています。これはベテラン偏重ではないという意味でもありますし、完成された作家像よりも、劇場との出会いによってこれから変化していく書き手を見ようとしているということでもあります。戯曲賞として非常に健康な姿勢です。

戯曲の世界では、ともすると受賞歴ばかりが作家の格付けのように扱われがちです。しかし本来、賞は序列ではなく入口であるべきです。AAF戯曲賞が比較的信頼されてきた理由のひとつは、受賞そのものより、その後に上演という次の局面が待っていることにあります。書き手、演出家、俳優、劇場、観客が、そこでようやく同じ作品に出会うわけです。


戯曲図書館の読者にとっての意味

このニュースが、観客だけでなく、劇作家志望の人や上演を考える人にとって重要なのはなぜでしょうか。それはAAF戯曲賞が、いま読むべき戯曲の「傾向」ではなく、「問いの立て方」を教えてくれるからです。

たとえば、地域に根ざした言葉をどう舞台化するのかを知りたければ、永山智行さんの仕事を追うとよいです。身体やジェンダーの違和感を戯曲でどう押し広げるかを考えたければ、市原佐都子さんを読むのが早いです。テキストが音楽やリズムや上演構造とどう結びつくかに興味があるなら、近年のAAF受賞者たちをたどるだけでもかなり地図が見えてきます。

要するに、AAF戯曲賞は「こう書け」という見本帳ではありません。むしろ、「あなたの言葉は、どんな場で、誰に向けて、どのように立ち上がるのか」と問い返してくる装置です。今回の一次通過25作は、その問いに対する2026年時点の25通りの応答だと考えると、一気に面白くなります。

戯曲図書館としても、このニュースは単なる受賞予想の材料ではなく、次に読むべき作家、次に上演してみたい言葉を探すための入口として受け止めたいところです。


まず読んでおきたい関連作品

AAF戯曲賞の現在地を知るには、受賞作や受賞作家の周辺を実際に読むのがいちばん早いです。とくに今回のニュースをきっかけに手に取るなら、まずは永山智行さんの『so bad year』を起点に、地域の風土や口承性がどのように現代の会話劇へ移し替えられているかを見ると、この賞が早い時期から「地方発の普遍性」を拾っていたことが見えてきます。

次に、市原佐都子さんの『虫』や、その延長線上にある『バッコスの信女―ホルスタインの雌』を読むと、AAFが単なる新人賞ではなく、のちに演劇の言語感覚そのものを更新していく作家を見つけてきたことがよくわかります。身体、生殖、暴力、倫理といった題材が、説明ではなく上演の圧として立ち上がる感覚は、紙の上で読んでもかなり刺激的です。

さらに近年の受賞作では、松原俊太郎さんの『みちゆき』、額田大志さんの『それからの街』、カゲヤマ気象台さんの『シティⅢ』などを並べてみると、戯曲が必ずしも伝統的な心理劇の形をとらなくてもよいことが実感できます。音、構造、断片、都市感覚、語りの速度といった要素が、戯曲そのものの骨格になり得るからです。

今回の一次通過25作を面白く読むためにも、過去のAAF受賞作を数本読んでおくことをおすすめします。そうすると、選考結果をただ追うのではなく、「この賞はどんな未来の言葉を劇場に呼び込みたいのか」という問いで、候補作の並びを眺められるようになります。


まとめ

第23回AAF戯曲賞の一次通過25作発表は、単なる途中経過ではありませんでした。過去最多256作品の応募、リニューアル後の新しい選考方針、そして「言葉と個と場と」という新しい枠組み。これらを合わせて見ると、AAF戯曲賞はいま、戯曲を評価する制度である以上に、劇場と社会のあいだで言葉をどう生かすかを考える制度へと、もう一段階進もうとしているように見えます。

日本の演劇では、優れた上演は話題になっても、戯曲そのものの議論は細くなりがちです。だからこそ、戯曲を公開し、議論し、最終的には上演へつなぐAAF戯曲賞のような仕組みは貴重です。今回の25作は、その貴重な回路がまだ生きていること、しかも更新されながら生き延びていることを示してくれました。

賞の結果を待つだけでももちろん構いません。ただ、本当に面白いのはたぶんその手前です。いまどんな言葉が劇場に呼ばれようとしているのか。その気配を読むこと自体が、演劇を読む楽しさのひとつだと思います。


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Written by

戯曲図書館 編集部

演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。

公開日: 2026-05-22

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