シルヴェスター・リーヴァイ80歳——ディスコからウィーン・ミュージカルの巨匠へ、その半生と楽曲の魅力

2026-02-16

シルヴェスター・リーヴァイエリザベートモーツァルト!ウィーン・ミュージカルミヒャエル・クンツェ

80歳を祝うコンサートが示した「リーヴァイ現象」

2026年2月14日・15日、東京・東急シアターオーブで「Concert for LEVAY ~Happy 80th Birthday~」が開催された。井上芳雄、山崎育三郎、中川晃教、涼風真世、新妻聖子、一路真輝ら日本ミュージカル界のトップスターが一堂に会し、リーヴァイの楽曲を歌い上げた2日間。ウィーンからはウィレマイン・フェルカイック、マーク・ザイベルトもゲスト出演し、国境を超えた祝祭となった。この公演は3月29日にWOWOWで放送・配信されることも決定している。

一人の作曲家の誕生日を祝うために、これほどの豪華キャストが集まるコンサートが成立すること自体が異例だ。しかし、シルヴェスター・リーヴァイという名前の重みを知る者にとっては、それは当然のことに思えるだろう。彼の楽曲なしに、現代の日本ミュージカル・シーンは語れない。


ユーゴスラビアからの出発——音楽の血統

シルヴェスター・リーヴァイ(Lévay Szilveszter)は1945年5月16日、当時のユーゴスラビア・スボティツァ(現セルビア)に生まれた。父は作家・ジャーナリスト、母は音楽教師というハンガリー系の家庭で育ち、6歳でピアノを始め、8歳で地元の音楽学校に通い始めた。

クラシック音楽の訓練を受けながらも、リーヴァイ少年はラジオから流れるアメリカのジャズやロックンロールに心を奪われた。エルヴィス・プレスリー、ポール・アンカ、ルイ・プリマ——1950年代の東欧でこうした西洋ポップスに触れられたのは、比較的開放的だったユーゴスラビアならではの環境だった。

15歳でコンテスト入賞、16歳で単身ドイツへ渡る。この決断が、後のすべてを決定づけた。


ディスコの王と映画音楽——「もう一つのリーヴァイ」

リーヴァイの名を最初に世界に知らしめたのは、ミュージカルではなくディスコ音楽だった。

1972年にミュンヘンに移住したリーヴァイは、作詞家ミヒャエル・クンツェと出会う。二人は「シルバー・コンベンション」を結成し、1975年にリリースした「Fly, Robin, Fly」でグラミー賞を受賞。ディスコ全盛期のアメリカを席巻した。

この成功を足がかりに、1980年にハリウッドへ移住。映画音楽の世界に身を投じた。スタローン主演の『コブラ』(1986年)、ジョージ・ルーカス製作の『ハワード・ザ・ダック』(1986年)、チャーリー・シーン主演の『ホット・ショット』(1991年)など、アクション映画やコメディ映画のスコアを手がけた。

中でも特筆すべきは、テレビドラマ『超音速攻撃ヘリ エアーウルフ』(1984〜1987年)のメインテーマだ。シンセサイザーを駆使したこの楽曲は80年代アメリカのテレビ音楽を象徴する存在となり、サウンドトラックCDはeBayで981ドルという高値がつくほどのカルト的人気を誇っている。

ディスコ、映画音楽、テレビドラマ——こうした多様なジャンルを渡り歩いた経験が、後のミュージカル作品における独特のサウンドの源泉となっている。ロックのエネルギー、映画的なオーケストレーション、ポップスのキャッチーさ。リーヴァイのミュージカル楽曲が「歌いやすく、聴きやすく、しかし深い」と評される理由は、この異色の経歴にある。


運命のパートナーシップ——ミヒャエル・クンツェとの再結合

リーヴァイのキャリアを語る上で、作詞家・脚本家ミヒャエル・クンツェの存在は不可欠だ。二人の関係は、ロジャース&ハマースタイン、ウェバー&ライスにも比肩するミュージカル史上最も重要なパートナーシップの一つと言える。

クンツェとリーヴァイは1972年のミュンヘンで出会い、まずポップス・ディスコの分野で成功を収めた。しかし二人の本当の志はそこにはなかった。クンツェはウィーン大学で文学とドイツ語学の博士号を取得した知識人であり、歴史に根ざした物語を紡ぐことに情熱を持っていた。

1990年、二人はミュージカル『魔女、魔女(Hexen, Hexen)』で舞台の世界に足を踏み入れる。これは彼らの「練習作」とも言える作品だったが、続く1992年の『エリザベート』で状況は一変する。


『エリザベート』——ドイツ語圏ミュージカルの頂点

1992年9月3日、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場。『エリザベート』の幕が上がった瞬間、ドイツ語圏ミュージカルの歴史は塗り替えられた。

オーストリア皇后エリザベートの生涯を「死(トート)」という擬人化されたキャラクターとの愛の物語として描くという大胆な構想。暗殺者ルキーニが狂言回しとなって過去を再現するメタシアトリカルな構造。そしてリーヴァイによる、クラシカルな格調とロックの激情を融合させた楽曲群。

「闇が広がる」「私だけに」「最後のダンス」——これらのナンバーは単なる「ミュージカルの挿入歌」ではない。キャラクターの内面を掘り下げ、物語の構造そのものを音楽で表現する「劇的楽曲」だ。

『エリザベート』は14カ国で上演され、総公演回数は約9,400回。ドイツ語圏で生まれたオリジナル・ミュージカルとして史上最大のヒット作となった。

リーヴァイの楽曲が持つ「二重構造」

リーヴァイの楽曲の特徴は、表面的なメロディの美しさの裏に、緻密な劇的構造が隠されていることだ。

たとえば「闇が広がる」。トート(死)がルドルフ皇太子を自殺へと誘う場面のデュエットだが、楽曲の構造自体が「誘惑のプロセス」を体現している。静かに忍び寄る低音のフレーズから始まり、徐々に高揚していくメロディライン。聴く者は音楽そのものによって、ルドルフと同じ「引き込まれる」体験をする。

これは映画音楽で培った「映像に寄り添う音楽」の技法がミュージカルに転用された結果だ。ハリウッドでの20年間は、リーヴァイにとって無駄ではなかったのである。


日本での「リーヴァイ受容史」

『エリザベート』が日本に上陸したのは1996年、宝塚歌劇団によるものだった。演出を手がけた小池修一郎は、ウィーン版をそのまま翻案するのではなく、宝塚の様式に合わせて大幅にアレンジした。主役をエリザベートからトート(死)に移し、男役のスターが演じるトートを中心に据えるという宝塚版独自の構成は、作品に新たな生命を吹き込んだ。

2000年には東宝版が帝国劇場で初演。こちらはウィーン版により忠実でありながら、宝塚版の要素(オリジナル楽曲「愛と死の輪舞」など)も残した折衷版として発展した。2012年には東宝版が上演1,000回を突破、2016年には宝塚版も同じ大台に到達した。

リーヴァイの楽曲は、日本のミュージカル俳優たちの「試金石」としても機能してきた。井上芳雄は2000年の東宝版『エリザベート』ルドルフ役でデビューし、その後日本ミュージカル界を代表する俳優となった。中川晃教は『モーツァルト!』のタイトルロールで一躍脚光を浴びた。山崎育三郎、浦井健治もリーヴァイ作品を通じてキャリアを築いてきた。今回の80歳記念コンサートに彼らが集結したのは、いわば「恩師への感謝」の表れでもある。


『モーツァルト!』から『ベートーヴェン』へ——クンツェ&リーヴァイの軌跡

クンツェ&リーヴァイのコンビは、『エリザベート』以降も精力的に作品を生み出してきた。

主要ミュージカル作品年表

作品名初演地特徴
1990年魔女、魔女ハイルブロン初のミュージカル作品
1992年エリザベートウィーンドイツ語圏ミュージカル史上最大のヒット
1999年モーツァルト!ウィーン天才の苦悩を描く。日本では中川晃教・井上芳雄のWキャストで話題
2006年レベッカウィーンダフネ・デュ・モーリエ原作。12カ国で上演、180万枚以上のチケット販売
2006年マリー・アントワネット東京東宝の依頼で書き下ろし。日本が世界初演地という異例の作品
2014年レディ・ベス東京エリザベス1世の若き日を描く。これも日本が世界初演
2016年王家の紋章東京日本の少女漫画原作をクンツェ&リーヴァイがミュージカル化
2023年ベートーヴェンソウル(韓国)構想10年以上。韓国EMKミュージカルカンパニーによるワールドプレミア

注目すべきは、2000年代以降、日本が彼らの「新作初演の地」として定着していることだ。『マリー・アントワネット』『レディ・ベス』『王家の紋章』の3作品が日本で世界初演されている。これはブロードウェイでもウエストエンドでもなく、東京が「クンツェ&リーヴァイのミュージカルの世界的拠点」であることを意味する。

最新作『ベートーヴェン』は構想10年以上をかけた力作で、2023年1月に韓国ソウルでワールドプレミアを迎え、同年12月には東京・日生劇場で日本公演が実現した。楽聖ベートーヴェンの謎に満ちた生涯と音楽への情熱を描くこの作品は、クンツェ&リーヴァイが「歴史上の人物の内面を音楽で描く」という彼ら自身の得意分野を深化させた集大成的な作品といえる。


リーヴァイの楽曲が戯曲にもたらすもの

演劇・戯曲に関心のある読者に向けて、リーヴァイの楽曲が「台本」にどのような影響を与えているかを考えてみたい。

ミュージカルにおいて、楽曲は単なる挿入歌ではなく「脚本の一部」である。特にクンツェ&リーヴァイ作品では、楽曲が物語の転換点に配置され、登場人物の内面的変化を音楽そのもので表現する。

たとえば『エリザベート』の「私だけに」は、皇后としての義務と個人としての自由との葛藤を、一曲の中で完結させる。歌詞だけを読めばそれはモノローグであり、音楽を聴けばそれは心理描写である。この「テキストと音楽の不可分性」こそが、リーヴァイ作品が「歌入りの芝居」ではなく「音楽で語る演劇」として成立している理由だ。

ストレートプレイの戯曲を書く劇作家にとっても、この手法は示唆に富む。台詞だけでは伝えきれない感情の層、場面転換の呼吸、観客の感情を導くリズム——リーヴァイの楽曲が担っている機能を「言葉」で実現しようとする試みは、戯曲の表現を豊かにする可能性を秘めている。


関連する戯曲・作品ガイド

リーヴァイの世界をより深く知りたい方に、関連作品を紹介する。

ミュージカル台本として

  • 『エリザベート』——ミヒャエル・クンツェ作。「死」の擬人化というアイデアの大胆さ。皇后の伝記でありながら、実は「自由とは何か」を問う哲学的な物語。宝塚歌劇団版と東宝版で日本語上演台本が異なるため、両者を比較するのも興味深い。
  • 『モーツァルト!』——天才であることの孤独を描く。「アマデ」という少年時代の自分を分身として舞台上に登場させる手法は、戯曲としても非常にユニーク。
  • 『レベッカ』——ダフネ・デュ・モーリエの原作小説、ヒッチコックの映画、そしてクンツェ&リーヴァイのミュージカル。同じ物語が媒体を変えるたびにどう変容するかを比較する好例。

リーヴァイの音楽を理解するために

  • 書籍『オール・インタビューズ ミュージカル「エリザベート」はこうして生まれた』(日之出出版、2016年)——クンツェ、リーヴァイ、小池修一郎の3者による共著。創作プロセスの内側が語られる貴重な一冊。
  • WOWOW放送「Concert for LEVAY ~Happy 80th Birthday~」(2026年3月29日放送予定)——今回のコンサートを映像で体験できる貴重な機会。

ウィーン・ミュージカルの文脈で

リーヴァイの作品を理解するには、ウィーン・ミュージカルの系譜を知ることも有益だ。ジム・スタインマン作曲の『ダンス・オブ・ヴァンパイア』(1997年初演、脚本はクンツェ)、フランク・ワイルドホーン作曲の『ドラキュラ』など、同時代のウィーン発ミュージカルと比較することで、リーヴァイの独自性がより鮮明になる。


まとめ——80歳の「現在進行形」

シルヴェスター・リーヴァイは80歳になった。だが彼のキャリアは「過去形」ではない。

ユーゴスラビアの少年がクラシックとロックンロールに同時に魅了され、ドイツでディスコの王となり、ハリウッドで映画音楽を学び、ウィーンでミュージカルの巨匠となった。その旅路は、20世紀後半から21世紀にかけてのポピュラー音楽の歴史そのものと重なる。

そして今、彼の音楽の「聖地」は東京にある。日本のミュージカル・ファンは世界で最もリーヴァイの楽曲を愛し、日本の制作者たちは新作の世界初演を任されるほどの信頼を得ている。80歳記念コンサートが東京で開催され、日本のトップスターたちが駆けつけたことは、その証左だ。

次回WOWOWでコンサートが放送される際には、ぜひ彼の楽曲に耳を傾けてほしい。そこには、半世紀以上にわたって音楽と向き合い続けた一人の作曲家の、すべてが詰まっている。