演劇の企画書は、作品の魅力を語るだけの文章ではありません。誰が、なぜ、どこで、どのくらいの費用と期間で公演を実現するのかを、読んだ人が判断できるように整理した設計図です。
劇団の公演を劇場に提案するとき、学校や大学の演劇部で予算を申請するとき、自治体や助成金に応募するとき、あるいは出演者やスタッフを集めるときにも企画書が役立ちます。
しかし、初めて書くと「作品のあらすじから始めればいい?」「予算は細かく必要?」「熱意をどのくらい書くべき?」と迷いやすいものです。この記事では、検索されやすいテーマである演劇の企画書の書き方を、実際の公演準備に使える順番で説明します。最後には、小劇場で上演する二人芝居を想定した記入例も掲載します。
戯曲をまだ決めていない場合は、まず戯曲図書館で上演条件や登場人物数を確認し、企画書に合う作品を探すところから始めるのがおすすめです。
演劇の企画書に必要な基本項目
企画書に決まった全国共通の様式はありません。ただし、読む側が知りたい情報には共通点があります。最低限、次の項目を入れておくと、企画の全体像が伝わりやすくなります。
- 企画名・公演名
- 企画の目的
- 公演の概要
- 上演する戯曲と選定理由
- 想定する観客
- 出演者・スタッフの体制
- 会場と上演日程
- 稽古から本番までのスケジュール
- 予算と収支計画
- 集客・広報の方法
- 安全管理・権利処理
- 企画の効果と今後の展開
A4で一、二枚にまとめる場合は、冒頭に要約を置き、詳細を別紙に分けても構いません。逆に助成金や会場提出用で枚数指定がある場合は、その様式を最優先します。
大切なのは、項目を埋めることではなく、各項目が互いにつながっていることです。たとえば「高校生を対象にする」と書いたなら、上演時間、料金、広報方法、開演時刻も高校生が来場しやすい内容になっている必要があります。
1. 企画名は内容が想像できる言葉にする
企画名は、単に作品名を書く場所ではありません。何を目指す公演なのかが一行で分かると、読み手の理解が早くなります。
企画名の例
- 放課後の60分で観る、家族をテーマにした短編演劇
- 地域の空き店舗を劇場に変える朗読公演
- 初心者の俳優が挑戦する二人芝居の公開稽古
- 高校生と大学生が共同制作する戦争と記憶の舞台
「第5回公演」のような名称は正式な公演名として必要ですが、企画書の見出しでは内容を補足しましょう。たとえば「劇団〇〇 第5回公演|一つの部屋で描く家族劇」のようにすると、作品の方向性が伝わります。
2. 目的は「上演したい」から一歩深く書く
企画書で最も差が出るのが目的です。「良い作品だから上演したい」「多くの人に観てほしい」だけでは、判断材料として弱くなります。
目的は、次の三つに分けると書きやすくなります。
- 創作上の目的:どんな表現やテーマに取り組むのか
- 観客への目的:観客にどんな体験や問いを届けるのか
- 活動上の目的:劇団や学校、地域にどんな成果を残すのか
目的の悪い例
面白い芝居を作り、たくさんの人に観てもらう。
目的の良い例
本企画では、駅前の小さな劇場を一つの家に見立て、二人の俳優の会話だけで「離れて暮らす家族が再び話し始めるまで」を描く。大がかりな装置に頼らず、観客が登場人物の沈黙や距離の変化を体験できる公演を目指す。また、出演者とスタッフが少人数で企画・制作を経験し、次年度以降の自主公演につながる運営基盤を作る。
ここでは、表現、観客、活動の三つが具体化されています。目的を書くときは「誰に」「何を」「どのような方法で」「何につなげるか」を意識してください。
3. 公演概要は最初に読まれる要約にする
公演概要は、忙しい人がここだけ読んでも企画を理解できる部分です。次の情報を箇条書きにします。
- 公演名
- 作・演出
- 出演人数
- 上演時間
- 公演日・公演回数
- 会場
- 料金
- 主催・共催・協力
- 想定観客数
たとえば次のように書きます。
公演名:『窓辺の二人』 作・演出:山田花子 出演:2名 上演時間:約70分 公演日:2026年12月12日・13日、全3公演 会場:〇〇区の50席規模の小劇場 料金:一般2,500円、学生1,500円 想定観客数:延べ120名 主催:劇団〇〇
この段階では、長い作品紹介や感想を書きすぎないことが重要です。詳細は次の「作品概要」に分けると読みやすくなります。
4. 戯曲の選定理由は企画との相性で説明する
「好きな作品だから」は出発点として大切ですが、企画書では、なぜ今回の条件に合うのかを説明します。
作品選定で確認する項目
- 出演者数と役の兼ね方
- 上演時間
- 舞台装置と小道具
- 衣装・音響・照明の難易度
- 上演許諾の確認先
- 観客に届けたいテーマとの関係
- 出演者の年齢や技術との適合
たとえば二人芝居を選ぶなら、単に「二人でできる」だけでなく、「二人の関係が変化し続けるため、少人数でも70分間の集中を保てる」と書くと説得力が出ます。
逆に、登場人物が多い作品を少人数で上演する場合は、役の兼ね方、衣装の切り替え、観客が混乱しない工夫まで説明してください。企画書の段階で無理を隠すより、課題と対策を先に示す方が信頼されます。
戯曲図書館では、作品を探すときに出演人数、ジャンル、上演時間などを比較できます。企画書を書く前に候補を複数並べ、「この作品でなければならない理由」を言葉にすると、企画全体がぶれにくくなります。
5. 想定観客は「誰でも」から具体化する
「幅広い年代」「演劇に関心のある人」だけでは、集客計画につながりません。最初の公演では、中心となる観客を一つか二つに絞りましょう。
想定観客の例
- 高校演劇の経験があり、大学で演劇を続けたい学生
- 近隣に住む30〜50代で、短時間の文化体験を探している人
- 朗読や文学作品に関心がある社会人
- 小劇場や若手劇団を応援したい演劇ファン
- 家族や学校行事として観劇する中学生・高校生
観客像を決めたら、その人がどこで情報を得るかまで考えます。学生向けなら学校内の掲示、部活動のつながり、短い動画。地域住民向けなら自治体の広報、地域施設、商店会。演劇ファン向けなら劇団の過去観客、劇場のメーリングリスト、SNSでの稽古発信が有効です。
6. 体制欄では役割と責任者を明確にする
「みんなで協力する」は、実際の現場では責任の所在が曖昧になりがちです。小規模公演でも、最低限の担当を決めておきます。
- 制作・進行
- 演出
- 舞台監督または当日進行
- 照明
- 音響
- 宣伝美術
- 広報・予約管理
- 受付・会計
- 権利処理の確認担当
一人が複数役を兼ねても問題ありません。「制作・広報:佐藤」「演出・出演:鈴木」のように書けば、少人数で運営する企画だと伝わります。
ただし、出演者が制作を兼ねる場合は、本番直前の負担が大きくなります。受付や転換の担当を外部スタッフや協力者に依頼するなど、無理のない体制を示しましょう。
7. スケジュールは逆算して作る
企画書のスケジュールは、「9月から稽古、12月に本番」のような大まかな記述だけでは足りません。本番から逆算し、決定が必要な時期を置きます。
70分の二人芝居・3公演の例
- 8月上旬:作品決定、権利確認、会場仮予約
- 8月下旬:出演者・スタッフ決定、企画書確定
- 9月上旬:読み合わせ、演出プラン作成
- 9月中旬:立ち稽古開始、広報素材撮影
- 10月上旬:チラシ・予約ページ公開
- 10月中旬:通し稽古、音響・照明の検討
- 11月上旬:前売り状況確認、必要なら広報強化
- 11月下旬:テクニカルリハーサル、当日台本確定
- 12月上旬:最終通し、受付・安全確認
- 本番週:仕込み、ゲネプロ、公演
- 終演後1週間以内:精算、振り返り、観客アンケート整理
権利確認、会場予約、印刷物、予約受付は、稽古より先に動かす必要があります。特に既成戯曲を使う場合、許諾が取れる前提で宣伝を始めないようにしましょう。
8. 予算は「安くする」より「何に使うか」を示す
予算表は、金額の正確さだけでなく、企画の優先順位を伝える資料です。収入と支出を分けて書き、見込みと確定を区別します。
支出の例
- 会場費:120,000円
- 稽古場費:40,000円
- 宣伝美術・印刷費:30,000円
- 舞台・照明・音響費:50,000円
- 衣装・小道具費:20,000円
- 記録撮影費:20,000円
- 交通費・謝礼:30,000円
- 予備費:20,000円
- 支出合計:330,000円
収入の例
- 入場料収入:240,000円
- 助成金・補助金:50,000円
- 団体負担金:40,000円
- 収入合計:330,000円
入場料収入は「客席数×公演回数×満席率×平均単価」で計算します。50席、3公演、満席率80%、平均単価2,000円なら、50×3×0.8×2,000=240,000円です。満席を前提にせず、70〜80%程度の現実的な見込みを置くと、計画の信頼性が上がります。
出演者やスタッフの謝礼をゼロとして当然のように扱うのは避けてください。資金が足りない場合も、「今回は無償協力」「記録映像を提供」「次回以降に精算」など条件を明記すると、関係者への説明がしやすくなります。
9. 集客・広報は媒体と時期まで書く
「SNSで宣伝する」だけでは計画になりません。誰に、いつ、何を届けるかを表にして考えます。
- 本番8週間前:公演概要と出演者発表
- 本番6週間前:チラシ、予約ページ公開
- 本番4週間前:稽古場写真、作品紹介の投稿
- 本番2週間前:出演者インタビュー、残席案内
- 本番1週間前:アクセス、開場時間、観劇上の注意
- 本番前日:予約者への確認連絡
広告費をかけられない場合は、出演者それぞれの知人に一斉送信するだけで終わらせず、観客層ごとに告知文を変えます。「演劇を観てください」ではなく、「70分で観られる」「駅から徒歩5分」「学生料金がある」など、来場の不安を減らす情報を先に伝えると効果的です。
10. 権利処理と安全管理を省略しない
既成戯曲を上演する場合、作者が亡くなっている作品でも自由に上演できるとは限りません。翻訳、改訂、音楽、写真、映像など、作品以外の権利も確認が必要です。
企画書には、次のように現状を書きます。
上演許諾については、著作権者または管理窓口を確認中。許諾条件と費用を確認し、条件が企画予算に合わない場合は代替作品を検討する。
また、安全管理も具体化します。避難経路、火気や刃物の使用、暗転中の移動、客席と舞台の距離、未成年者の参加、体調不良時の対応などを確認してください。小規模公演ほど「全員が分かっているつもり」で手順が省略されやすいため、企画書に一項目設けるだけでも効果があります。
上演許諾について詳しく知りたい方は、戯曲の上演許可と著作権の考え方をまとめた演劇の上演許可・著作権ガイドも参考にしてください。
そのまま使える企画書テンプレート
以下をコピーして、必要な部分を書き換えてください。
【企画名】
【企画の目的】
誰に、どのような舞台体験を届ける企画か。
【公演概要】
公演名/作・演出/出演者数/上演時間/公演日/会場/料金/公演回数
【作品選定理由】
なぜこの戯曲を選ぶのか。企画の目的や会場条件とどう合うのか。
【想定観客】
中心となる観客、観客が得られる体験、想定来場者数。
【制作体制】
主催、演出、出演、制作、舞台、照明、音響、広報、受付の担当者。
【スケジュール】
作品決定、権利確認、会場予約、稽古、広報、仕込み、本番、精算。
【予算・収支】
支出項目、収入項目、確定額、見込み額、予備費。
【広報計画】
誰に、どの媒体で、いつ告知するか。
【安全管理・権利処理】
許諾確認の状況、避難・救護・当日運営上の対策。
【期待される成果】
観客、出演者、劇団、学校、地域にどんな成果が残るか。
企画書を提出する前のチェックリスト
最後に、提出前に確認したい項目をまとめます。
- 企画名だけで公演内容を想像できるか
- 目的に「誰に」「何を」「なぜ」が入っているか
- 出演者数、上演時間、会場規模が一致しているか
- 予算の収入と支出が合っているか
- 満席を前提にしていないか
- 権利確認の担当者が決まっているか
- 稽古と広報の開始時期が遅すぎないか
- 観客が来場する理由を具体的に書けているか
- 企画書を初めて読む人にも専門用語が伝わるか
- 連絡先と提出日が記載されているか
特に重要なのは、企画書を演出家だけで完成させないことです。出演者、制作、会計、広報の担当者に読んでもらうと、実現性の問題や抜けている費用が見つかります。提出前に「この計画で、誰が、いつ、何をするのか」を口頭で説明できるか試してみてください。
まとめ:企画書は公演を実現するための最初の稽古
演劇の企画書の書き方で大切なのは、きれいな文章を書くことではありません。作品の魅力、観客の姿、制作体制、予算、スケジュールを一つの計画としてつなげることです。
最初から完璧な企画書を作る必要はありません。まずは「誰にどんな舞台を届けたいのか」を一段落で書き、次に出演者数と会場条件を決め、そこから予算と日程を逆算していきましょう。
劇団をこれから立ち上げる人は、劇団の作り方と最初の公演までの準備を、公演の練習計画を整えたい人は演劇部・劇団の稽古方法ガイドを読むと、企画書の内容を現場の行動に落とし込みやすくなります。学校公演を考えている場合は、学校演劇の公演準備ガイドも役立ちます。
そして、上演したい作品が決まっていないなら、戯曲図書館で人数やジャンルから候補を探してください。企画書は公演を飾る書類ではなく、観客の前で戯曲を立ち上げるための最初の稽古です。
Written by
戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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