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「IF TOKYO 東京国際演劇祭2028」始動──野田秀樹の『誇大妄想』は、世界の演劇祭地図をどう塗り替えるか

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#IF TOKYO#東京国際演劇祭#野田秀樹#国際演劇祭#東京芸術劇場#演劇フェスティバル
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「誇大妄想が実現可能になった」──野田秀樹の宣言

2026年9月30日、東京都内で開催された「IF TOKYO 東京国際演劇祭 2028」の製作発表会で、芸術監督を務める野田秀樹はこう語りました。

「3年前に日本記者クラブで私がこの国際演劇フェスティバル『IF TOKYO』を提案するにあたって、『これは巨大な風車を巨人と思い込み、猪突猛進したドン・キホーテの誇大妄想に見えるかもしれない』と語りました。今日はそのドン・キホーテの誇大妄想が実現可能になったことのご報告であります」

「IF TOKYO」の正式名称は「INTERNATIONAL FESTIVAL TOKYO」。頭文字を取って「IF TOKYO」と名付けられたこのフェスティバルは、2028年10月1日から22日まで、都内全域および近郊で開催される3年に一度の国際演劇祭です。参加規模は国内外あわせておよそ200団体を想定しているとのこと。日本の演劇史上、これだけの規模で「演劇だけ」を主役にした国際祭典が構想されたのは、おそらく初めてのことです。

発表会に登壇した顔ぶれも異例でした。劇団四季の吉田智誉樹、東宝芸能の池田篤郎、ネルケプランニングの野上祥子、本多劇場グループの本多愼一郎、appareの松田誠──商業演劇の大手から小劇場の総本山、2.5次元を支える制作会社まで、普段同じ場に並ばない関係者が勢ぞろいしたのです。これは単なるイベントではなく、日本の演劇界全体が一つの旗の下に集まった歴史的な瞬間でした。

本稿では、この「IF TOKYO」が持つ意味を、日本の国際演劇祭の歴史、海外の先行事例(アヴィニョン、エディンバラなど)との比較、そして戯曲文化の視点から掘り下げていきたいと思います。


なぜ今、国際演劇祭なのか──コロナ禍が残した"宿題"

野田秀樹がこの構想を日本記者クラブで初めて公にしたのは、2023年のことでした。コロナ禍で演劇が「不要不急」と呼ばれ、劇場が最も真っ先に閉じられ、最も遅く再開された、あの数年の記憶がまだ生々しかった頃です。

発表会で野田はこう続けています。「コロナ禍では『不要不急』とまで呼ばれた劇場の、言われなき中傷を払拭するための後ろ向きの力が注がれましたが、コロナ禍を乗り越えた頃、『社会が演劇界を理解してくれない』と愚痴を言っていても始まらない、演劇がもっと認知される必要があるという前向きな力に変わりました」

ここに「IF TOKYO」の根本動機があります。演劇の社会的地位の回復。それも、個々の作品評価や観客動員というミクロの話ではなく、「ワールドカップのように、無視できないスケール感で演劇の存在感を社会に突きつける」というマクロな戦略としての祭典です。

野田が発表会で語ったように「かつて1960〜80年代くらいまで、演劇は文化の真ん中にありました。それがいつの間にか文化そのものが共同体の真ん中から逸れ、演劇も逸れてしまいました」。この認識は、唐十郎や寺山修司、鈴木忠志、蜷川幸雄らが時代の思想と直結して語られたあの熱量を知る世代ならではの、切実な危機感と見ることができます。

重要なのは、この復権運動が「補助金のお願い」ではなく、「民間企業と演劇ネットワークの両輪で自立的に動く」構造として設計されたことです。発表会で野田が言及した「2つの大きな車輪」のうち、ひとつは文化と社会への理解がある民間企業群。もうひとつが**日本舞台芸術ネットワーク(JPASN)**です。


日本舞台芸術ネットワーク(JPASN)という伏線

JPASNは、コロナ禍で舞台芸術が苦境に陥った2020年に発足した業界横断組織です。劇団四季の吉田智誉樹は発表会で、「コロナが舞台芸術にもたらした禍根は挙げればキリがありませんが、コロナ禍で唯一良かったと言い切れることがあるとすれば、このネットワークが誕生したことだと思います」と話しました。

商業演劇、小劇場、ミュージカル、新劇、オペラ、バレエ──本来はビジネスモデルも観客層もまったく違うこれらのジャンルが、「舞台芸術」という一語の下に集まって業界横断の調査や政策提言を行うようになったのは、日本の演劇史において極めて新しい動きです。

「IF TOKYO」は、このJPASNという土台があってはじめて成立する企画と言えるでしょう。かつてはライバル同士だった各団体が、「まず演劇全体のパイを広げよう」という方向で結束している。この構図は、1980年代の小劇場ブーム以降、ずっと分断されがちだった日本の舞台芸術シーンにとって、本質的な地殻変動です。


日本の「国際演劇祭」小史──これまでに何があったか

ここで、日本における国際演劇祭の歴史を簡単に整理しておきましょう。「IF TOKYO」はまったくの白紙に生まれたわけではなく、いくつかの先行する試みの上に立っています。

フェスティバル/トーキョー(F/T、2009〜)

池袋・東京芸術劇場を中心に、2009年に始まった国際舞台芸術祭。宮沢章夫、佐々木敦ら批評家・作家が舵を取り、ポストドラマ演劇や現代美術と重なる領域を積極的に紹介してきました。小劇場〜実験演劇に強い反面、商業演劇との接点は限定的でした。

TPAM(国際舞台芸術ミーティング、現YPAM)

横浜で開催される、主にプロフェッショナル向けの舞台芸術ミーティング/ショーケース。興行というよりは国際マーケットとしての機能が中心で、海外から招聘するバイヤー・プロデューサーに日本の作品を紹介する場でした。

東京芸術祭(2016〜)

東京都、豊島区、東京芸術劇場、F/Tが連携して池袋エリアで開催する総合舞台芸術祭。野田秀樹は2009年から東京芸術劇場の芸術監督を務めており、この芸術祭にも深く関わってきました。IF TOKYOの設計思想の多くは、ここでの経験が土台になっていると見るのが自然でしょう。

新国立劇場やKAATの国際招聘

劇場単体での国際招聘は継続的に行われてきましたが、「東京全体を巻き込んだ数週間の祭典」としての演劇フェスは、意外にも本格的な大規模版はまだ存在していなかったのです。

つまり「IF TOKYO」は、F/Tの実験性、TPAMの業界接続力、東京芸術祭の都市連携、そして各劇場の国際招聘ノウハウ──これらを統合した上位レイヤーとして登場したと位置付けられます。


海外の国際演劇祭と何が違うのか

200団体規模のトリエンナーレ──このスケール感は、海外の著名フェスティバルを強く意識したものと見られます。参考までに代表的なものを比較してみましょう。

アヴィニョン演劇祭(フランス、1947〜)

毎年7月、南仏アヴィニョンで約3週間開催。演出家ジャン・ヴィラールが1947年に「アヴィニョン芸術週間」として始めた1週間の小規模な演劇祭が原点です。公式部門「IN」と自由参加部門「OFF」の二重構造を持ち、OFFだけで毎年1,000本以上の公演が上演されます。約9万の町の人口に匹敵する観客が押し寄せ、街全体が舞台になります。

エディンバラ・フェスティバル(スコットランド、1947〜)

同じく1947年スタート。公式のエディンバラ国際フェスティバルと、誰でも参加できるエディンバラ・フリンジの二層構造。フリンジは今や世界最大の舞台芸術祭で、8月の3週間で3,000以上の公演が行われます。コメディ・演劇の若手が世界デビューする登竜門としても機能しています。

ウィーン芸術週間、テアター・デア・ヴェルト、BAM(NY)など

欧米にはこの他にも都市ブランドと結びついた国際演劇祭が多数あり、それぞれ独自の美学と役割を持っています。

「IF TOKYO」が面白いのは、これらの先行事例と比較したときに、3年に1度のトリエンナーレ形式を採用した点です。毎年開催のアヴィニョンやエディンバラとは違い、間に2年のインターバルを置くことで、

  • プログラムの充実度を上げる
  • 制作体制の疲弊を避ける
  • 「次回に向けた期待」を醸成する

という狙いが読み取れます。これは美術の世界で定着したヴェネツィア・ビエンナーレや、横浜トリエンナーレ、瀬戸内国際芸術祭のモデルを演劇に応用した発想とも言えるでしょう。

一方で、ベースとなる「OFF」的な自由参加の仕組みをどう設計するかは今後の鍵になります。アヴィニョンとエディンバラが世界的な規模になった最大の理由は、プログラマーが選ぶ公式作品だけでなく、「誰でも手を挙げれば参加できる」フリンジ層の厚みにあるからです。野田は「下北沢エリアは若い人の芝居を中心に使わせていただきます。海外の若い劇団も呼べたらと構想している」と語っており、このあたりの設計にはすでに意識が向いていると感じます。


戯曲文化にとっての意味──「書く人」はどう変わるか

ここで戯曲図書館ならではの視点として、「IF TOKYO が日本の戯曲文化にどう影響するか」を考えてみたいと思います。

1. 翻訳戯曲の流通が加速する可能性

海外から200団体規模で招聘が行われれば、当然ながら作品テキストの翻訳需要が爆発的に高まります。字幕翻訳、戯曲の翻訳出版、滞在期間中のワークショップ用台本──これらは単発の商業公演ではなかなか回収できない投資ですが、トリエンナーレのような継続事業であれば回収可能性が出てきます。

結果として、現代戯曲の翻訳が今より格段に流通する環境が整う可能性があります。これは日本語で戯曲を読む・書く・訳す人すべてに関わる変化です。

2. 日本の劇作家が「世界に向けて書く」機会が増える

逆方向もまた然りです。IF TOKYOに招聘される日本側の作品は、当然ながら英語字幕や海外招聘を前提に設計されることになります。「翻訳可能性」を意識した戯曲執筆という、これまで一部の作家にしか意識されてこなかった課題が、より広い作家層に広がっていくでしょう。

野田秀樹自身、『THE BEE』『エッグ』『フェイクスピア』などで「言葉遊びを翻訳可能に設計する」という困難な試みを続けてきた作家です。この経験が若手に継承されていくなら、日本戯曲の国際流通に大きな追い風になります。

3. 「場」としての劇場・街の再定義

野田が発表会で語った言葉のうち、個人的に最も心に残ったのが次の一節でした。

「1982年に本多劇場ができ、その翌春から4年間くらい本多劇場で育ててもらいました。下北沢という街が劇場によって変わっていく姿を、目の当たりにしております。劇場がある街は変わっていくというのは下北沢だけでなく、渋谷や池袋の西口(東京芸術劇場)もそうでした」

これは演劇が都市文化を駆動するという経験則の再確認です。劇場があり、観劇の後に集える場所があり、同時に若手が実験できる小屋がある──こうした生態系が成立するとき、街と劇場は相互に育てあう関係に入ります。IF TOKYOはこの関係を一時的ではなく、3年ごとのサイクルで「仕込み」続ける試みと言えるでしょう。


関連する戯曲・作品──IF TOKYOを待つ間に読める・観られるもの

IF TOKYO 2028は2年後の開催ですが、芸術監督・野田秀樹の作家性を知るための作品、そして国際演劇祭の文脈を体感できる作品を紹介します。

野田秀樹の戯曲を読む・観る

  • 『野獣降臨(のけものきたりて)』『贋作・桜の森の満開の下』:野田の代表作。言葉遊びと神話的世界が交錯する、翻訳が困難と言われながら実際に多言語で上演されてきた作品群
  • 『THE BEE』:筒井康隆原作を野田が翻案。英語版での世界ツアーを前提に設計された、日本戯曲の国際流通のモデルケース
  • 『フェイクスピア』『Q:A Night At The Kabuki』:近年の代表作。本の中の「言葉」そのものに切り込む野田の最新スタイル

国際演劇祭を学ぶために

  • **『ハムレット』『テンペスト』**などの古典作品を、海外劇団の映像で観てみる:同じテキストが文化によってどう変容するかを体感できます
  • ピーター・ブルック、エウジェニオ・バルバ、タデウシュ・カントールなどの演劇論:国際的な演劇フェスティバルの思想的バックボーンを形成してきた理論家たち
  • 鈴木忠志『演劇とは何か』:ワールドシアター思想を日本から発信した先駆者による必読書

国内の関連する動き

  • フェスティバル/トーキョー(F/T):毎年秋、池袋で開催。IF TOKYOの重要な前身
  • KYOTO EXPERIMENT(京都国際舞台芸術祭):京都市主催、現代舞台芸術に特化した国際フェスティバル
  • 札幌国際芸術祭(SIAF):舞台芸術も含む総合芸術祭

2028年までの「2年間」をどう生きるか

発表会の最後に野田は、劇作家・故別役実の言葉を引きました。「演劇は、速効薬じゃないんだよ。長く効く薬なんだよ」──東日本大震災の年に別役が語ったとされるこの言葉を、野田は「このフェスティバルを長く続けることで初めてどんなふうに社会や共同体に効いてくるのかが見えてくる」と結びつけました。

IF TOKYO 2028の開幕まで、ちょうど2年。来年秋には第1回のラインナップが発表される予定です。この2年間、観客である私たちができることは何でしょうか。

ひとつは、今まで観てこなかった種類の演劇を一本観てみること。IF TOKYOは海外作品、小劇場、商業演劇、2.5次元、オペラ、バレエ、現代舞踊──あらゆるジャンルが同じ屋根の下に集まる祭典になります。普段のテリトリーの外に一歩踏み出す予行演習として、2年のインターバルは意外と良い長さかもしれません。

もうひとつは、戯曲を読むこと。言葉で書かれ、言葉を超えて翻訳され、身体で立ち上がる戯曲というメディアの不思議を、紙の上で先に味わっておくこと。これは観劇の体験を数段深くしてくれるはずです。

野田秀樹が「見果てぬ夢」と呼んだこのフェスティバルが、2028年にどんな形で立ち上がるのか。そしてそれが、2031年、2034年と続いていったとき、日本の演劇風景をどう塗り替えていくのか。少なくとも私たちは、その始まりの瞬間に立ち会うことができる幸運な世代です。

長く効く薬を、気長に飲む準備をしておきましょう。


参考情報

Written by

戯曲図書館 編集部

演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。

公開日: 2026-10-02

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