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『ラパチーニの園』はなぜ今響くのか――韓国発ミュージカルが描く“愛と支配”の劇薬

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#演劇#ミュージカル#韓国ミュージカル#ラパチーニの園#ホーソーン
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韓国で育ち、日本で切実さを増した作品

2026年2月に新国立劇場小劇場で上演されたミュージカル『ラパチーニの園』は、単なる韓国ミュージカルの輸入作ではありません。公式サイトによれば、本作はナサニエル・ホーソーンの短編『ラパチーニの娘』を原作に、2021年にソウル・忠武芸術センター小劇場ブルーで初演され、2024年にはアーツカウンシル・コリアの「新作賞」を受賞、2025年に韓国で再演を経て日本版へ引き継がれました。新作として生まれ、賞で評価され、再演で定着したうえで日本に届いたわけです。

さらに面白いのは、日本版がこれを「今の社会の物語」として受け直していることです。高羽彩は公式コメントで、技術革新の福音と脅威の両面に触れています。18世紀イタリアの物語なのに、AIや医療をめぐる現代的な論点が自然に見えてきます。


原作『ラパチーニの娘』の古びなさ

ホーソーンの『ラパチーニの娘』は1844年発表の短編です。ブリタニカでも、象徴性の強い代表作として紹介されています。物語はシンプルです。植物毒を研究する科学者ラパチーニは、娘ベアトリーチェを毒草の庭で育て、その身体そのものを毒に適応させます。そこへ青年ジョヴァンニが現れ、彼女に恋をします。しかし彼女は、愛した相手すら傷つけてしまう存在でした。

この設定が今も強いのは、怪奇趣味のためではありません。ラパチーニは危険な研究者である一方、娘を守ろうとする父でもあります。悪意だけでなく善意が支配に変わるからこそ、この物語は現代にも響きます。しかもベアトリーチェは大切にされているようで、人生の選択権を持てません。「あなたのため」が自由の剥奪へ変わる構図を、原作は鋭く描いています。

加えて、「触れたいのに触れられない」身体の設定が非常に演劇的です。恋愛劇なのに、近づくこと自体が破局の入口になるため、距離そのものがドラマになります。


韓国ミュージカル化で強まった“善意の衝突”

ACCの紹介では『ラパチーニの園』は「愛の美しさと避けられない悲劇」を描く作品とされ、YES24の公演情報では2025年にPlus Theaterで100分作品として上演されたことが確認できます。大作スペクタクルより、少人数の関係性を濃く見せる韓国創作ミュージカルの系譜にある作品です。

日本版公式サイトの人物紹介を見ると、誰か一人が単純な悪として置かれていません。ジョヴァンニの愛にも救済したい欲望があり、バリオーニの正義にも介入者の思い上がりが混じり得ます。つまりこれは、悪意の劇ではなく、善意の競合が悲劇を生む劇です。


日本版が今の観客に刺さる理由

この作品の核心は、「技術革新の福音と脅威」が背中合わせであることです。ラパチーニ博士がやっているのは、毒草研究以上に、人間を安全な仕様に作り替えようとする発想です。外界の危険から娘を守りたいという願いが、本人の意思より優先された瞬間、愛は管理へ変わります。

これは現代ではさらに切実です。遺伝子編集、再生医療、AIによる行動最適化など、善意から始まる技術ほど、人間を囲い込みやすいからです。ベアトリーチェの悲劇は、毒を宿したことより、「安全のために人生を決められた」ことにあります。


戯曲・脚本としての面白さ

戯曲として見ると、『ラパチーニの園』は設定の強さだけで成立していません。ベアトリーチェは自由を欲する主体で、ジョヴァンニは救済者であると同時に危うい観察者、バリオーニは倫理の代弁者でありながら介入者でもあります。ラパチーニも怪物ではなく、愛を信じる父として立ち上がります。

つまりこれは、「誰が悪いか」を決める劇ではなく、「誰の正しさがどこで他者の自由を壊すか」を見せる劇です。さらに、愛しているのに壊してしまうという矛盾は説明台詞より音楽のほうが抱えやすく、本作がミュージカルであることにも必然があります。


関連作品の案内

この作品に惹かれた人には、まずホーソーンの原作『ラパチーニの娘』をおすすめします。舞台版で整理された要素と、原作に残る曖昧さの差を比べるだけでも発見があります。

次に読みたいのはメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』です。科学と創造者の責任、善意から始まる破局という点で近い読書体験になります。さらにカレル・チャペック『R.U.R.』を並べると、科学技術をめぐる演劇の核心が「発明そのもの」ではなく、誰が誰の身体と未来を決めるのかにあることが見えてきます。


まとめ――“その愛は毒”の本当の意味

『ラパチーニの園』を「触れられない恋の物語」とだけ読むと、この作品の鋭さを取り逃します。本当に怖いのは毒ではありません。怖いのは、愛が他者の自由を奪うことを正当化してしまうことです。

韓国で生まれ、賞を受け、再演され、日本で新たに翻案されたこのミュージカルは、今の観客にかなりまっすぐな問いを投げています。守るとは何でしょうか。救うとは何でしょうか。善意はどこから支配に変わるのでしょうか。そして誰かを愛するとは、相手を自分の理解できる形に保つことではなく、相手が自分の予想を超えて生きることを引き受けることではないでしょうか。

韓国ミュージカルの話題作として消費するには、あまりにも中身が重い作品です。むしろ『ラパチーニの園』は、時代も国境も越えて更新された現代の寓話として読むべき一作だと思います。

Written by

戯曲図書館 編集部

演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。

公開日: 2026-07-13

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