『Shifters』のニュースが大きい理由
2026年6月、DeadlineはBenedict Lombeの『Shifters』がChannel 4とSee-Saw Filmsによってテレビシリーズ化開発中であり、さらにA24のCherry Lane Theatreへの移籍を控えていると報じました。Bush Theatreからウエストエンドへ進み、今度はニューヨークへ向かう。しかもLombe自身が映像版の脚色も担う見込みです。
『Shifters』は、British CongoleseのDesとBritish NigerianのDreが、別れてから8年後に再会する恋愛劇です。設定だけ見れば王道ですが、その中心に黒人英国人の男女が自然に置かれていること自体が、まだ十分に当たり前ではありませんでした。
Bush TheatreはLombeを「ウエストエンドで自作が上演された史上3人目のBlack British female playwright」と紹介し、DeadlineはLombeがオリヴィエ賞Best New Play部門の候補になった最初のBlack British womanだと伝えました。つまり『Shifters』は、評判だけでなく劇場制度の偏りも動かしている作品なのです。
恋愛劇として書かれたことの意味
多様性の議論は「誰が舞台に立つか」に寄りがちですが、観客が本当に変化を実感するのは、どんな物語が“普通の物語”として中心に置かれるかが変わったときです。
『Shifters』の強さは、黒人英国人の恋愛を過剰に特別扱いしないことにあります。DesとDreの間には、階級差、家族の履歴、傷ついた記憶、別れた後の時間があります。Guardianが書いたように、この作品はabuse、grief、family trauma、the Black bodyといった要素を恋愛劇の内部に織り込みます。それでも作品が説明劇にならないのは、最後まで焦点が二人の感情に置かれているからです。
Lombeが語った「誰がromantic leadとして祝福されるのか」という問いは、そのまま『Shifters』の設計図です。政治や歴史が染み込んだ身体のまま恋愛劇を成立させた。そこにこの作品の更新があります。
記憶で進む二人芝居
Guardianは『Shifters』を、DesとDreの視点が交互に現れるduologueとして紹介しました。New York Theatre Guideも、過去と現在が自由に切り替わるdreamlike structureに触れています。つまりこれは、出来事を一直線に並べる戯曲ではなく、記憶の偏りと感情の遅れで進む戯曲です。
この構造がうまいのは、初恋や再会につきまとう「もしあの時」を、内容ではなく形式に変えている点です。二人の関係は終わったはずなのに、記憶の中では終わり切っていない。その“終わり切らなさ”が、場面転換のたびに立ち上がります。
Guardianが比較対象に挙げたNick Payneの『Constellations』と並べると、この作品の個性が見えます。『Constellations』が可能性の分岐を見せるのに対し、『Shifters』は記憶の湿度を見せます。理屈より先に、懐かしさや気まずさが来る。その体温がLombeの戯曲を独自のものにしています。
黒人英国演劇の系譜の中で
『Shifters』は突然現れた作品ではありません。たとえばWinsome Pinnockの『Leave Taking』は、移民一世と二世の距離を家庭の内部から描いた重要作です。家族を、政治や歴史が最も深く染み込む場所として描くその視点は、『Shifters』にも通じます。DesとDreは、ただ好きだった二人ではなく、家族の履歴や階級感覚を背負ったまま再会するからです。
また、Lombe自身の『Lava』も見逃せません。『Shifters』は『Lava』より軽やかに見えますが、明るい会話の裏に圧力が残り続ける書き方は地続きです。
だから『Shifters』の新しさは、重さを抱えたまま恋愛劇をジャンルの中心へ押し戻したことにあります。
なぜ映像化に向くのか
Deadlineが伝えた「よりexpansiveなテレビ版」という表現も示唆的です。舞台の『Shifters』は、ほとんど何もない空間で、二人の言葉と記憶だけで世界を立ち上げます。Guardianが触れたAlex Berryのミニマルな美術も、具体的な街や部屋を再現するのではなく、過去の断片を照らすために機能していました。
このタイプの戯曲を映像化するときの危険は、過去をすべて実景化して余白を失うことです。ただし可能性もあります。DreとDesそれぞれの生活圏や、空白の8年を広げられるからです。Lombe自身が脚色に関わることは、そのバランスを保つ上でかなり大きいはずです。物語だけでなく、時間の揺らぎ方こそが作品の核だと作者が理解しているからです。
この話題から次に読みたい戯曲
『Shifters』に惹かれた読者には、まずLombe自身の『Lava』、次にWinsome Pinnockの『Leave Taking』、そしてNick Payneの『Constellations』を勧めたいです。作者の地続きの関心、黒人英国演劇の系譜、時間を跳ぶ二人芝居としての違いが、それぞれよく見えます。
戯曲図書館の観点から見れば、『Shifters』の価値は、恋愛劇がまだ更新できると示したことにあります。再会、回想、初恋という古典的な材料でも、誰の身体と言葉で書くかが変われば、ジャンルそのものの見え方まで変わるのです。
まとめ
『Shifters』のテレビ化とニューヨーク進出は、人気作の拡張であると同時に、劇場の中心で何が語られるべきかを塗り替える出来事です。Bush Theatreが育てた新作が、ウエストエンドを経てA24のCherry Laneへ進み、さらに映像にも広がろうとしている。そこで運ばれているのは作品だけではなく、黒人英国人の恋愛を例外ではなく普遍の物語として見る視線です。
恋愛劇は古い形式です。だからこそ、そこに誰が立てるのかは演劇の想像力の限界を露呈します。『Shifters』は、その限界を静かに、しかし確実に押し広げました。劇場の周縁から中心へ移ったのは、一作品ではなく、語られるに値する愛のかたちそのものだったのだと思います。
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戯曲図書館 編集部
演劇経験者が運営する戯曲検索サービス「戯曲図書館」の編集チームです。 脚本選びのノウハウ、演劇業界の最新情報、公演レポートなどを発信しています。
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