舞台は昭和初期の槍ヶ岳。登山家の加藤文太郎とその後輩である吉田は、吹雪に襲われて山小屋へ避難をしていた。
最初はお互いに冗談を言い合ったり、食事についての持論を交わしたりするなど、遭難という危機を感じさせません。非常に和気あいあいと話が進んでいきます。そのうちになぜ登山をするのか、自分たちはなんのために山を登るのかといった哲学的な話になっていきます。その中で語られる家族への想いや、後輩吉田の加藤文太郎に対する尊敬の念などが垣間見えます。また、山の景色を語る場面は詩的な会話が繰り広げられるので、山に登ったことがなくても、それがどれだけ素晴らしいのかが想像できます。また初心者だったころの失敗談は、形は違えども私も似たようなことしていたので、何とも言えないほろ苦い気持ちになりました。また、サラリーマンの悲哀や親に孫を見せてくれとせがまれるなど、とても共感できる場面もあります。 ここまで読むと男同士の友情という物語です。しかし、冒頭からなんとなく会話に違和感を覚えていました。そしてその違和感は終盤に明らかになります。二人はやがて自分たちの不注意を反省します。吉田の「山をなめてしもたんとちがうか」という言葉から、二人の会話のテンポは急激に早くなっていきます。そして二人のおかれた危機的な状況が明らかになり、不穏な空気が漂い始め、そして最後にこれまで感じていた違和感の正体が明らかになります。それを読んだとき私は非常に心が揺さぶられました。一体どこからそれは始まっていたのか。それを確かめるために、もう一度最初から読み返したくなりました。それほどの衝撃に襲われます。この感覚をどのようにとらえるかは人それぞれだと思います。なので、できるだけ多くの人に読んでもらいたいと思える作品です。
「山の声」で第16回OMS戯曲賞大賞を受賞。若くして事故で亡くなりましたが、その後も各地で上演されるなど彼の作品は多くの人の人気を集めていました。作品は実際の事件をもとにした凄惨なものが多く、社会的な劇作家と言えます。